表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
タブー
91/212

タブー - 第14話




 マスターは『冷たい方程式』というお話をご存じですか? 古いSF小説だそうです。いえ、僕も読んだことはありませんが、あらすじを聞いたことがあるんですよ。詳しいことは省きますが――要は、『大勢を守るために、目の前の人間を殺せるか』というテーマのようで。


 ええ。読んだことはない、というか、読めませんね。読める気がしない。あんな選択肢、例え空想だろうと、二度とごめんです。


「勿論、僕はここの天狗本人じゃないしさぁ」


 あの時、胸元を掴まれながら、それでもあっけらかんとした調子のまま、ウエンさんは僕と茉莉(まり)にとって絶望的な言葉を告げました。いえ、続けました。


「天狗がもう超絶怒り狂ってて、この場の全員を(みなごろし)にする気だったりする可能性も無くはないとは思うよ? でもそれは、その子がきっちりケジメをつけて、それでも――ってなった時の話なワケでさ」


 茉莉はその時、もう泣くのをやめていました。いえ、何とか泣くまいと――声を出すまいとしている様子でした。まるで、自分の存在を皆に忘れてほしいかのように。ただ、しゃくりあげるのだけはどうにも抑えがたかったようで、しんと静まり返った境内に、彼女の声は嫌が応にも響いていました。


「つまり」


 天然パーマの大学生さんが、息苦しそうに、後を継ぎます。


「オレたちが助かるには、少なくとも、あの子を外へ出す必要がある?」


「ざけんな」


 茶髪の大学生さんは、吐き捨てるように言って、それからもう一度繰り返しました。ふざけんな、と。大声で。


「ふざけんな! 出来るか、んなこと!!」


「どうして?」


「外に出たらし、死ぬんだぞ!? あの子をころ、殺せっていうのか、てめえ!!」


「『殺せ』なんて言ってないじゃないか。『石畳の外に出』――」


「一緒のことだろ!! てめえが言ってんのは、『助かりたいならあの子を殺せ』って、そう、そう言うことなんだよ!! もう――」


 そこで彼は、ちらりと本殿の脇を――潰れた上半身を隠され、脚だけが石畳に伸びている、無くなった女学生さんを見て。


 怒鳴りました。


「もう! これ以上、誰かが死ぬのはダメだ!!」


「どうして?」


 ウエンさんが落ち着き払って尋ねます。胸元を掴まれたまま、平然と。


「どうして、って――!」


「自分がやったこととか、運命とか、そういうもののケジメはさ、自分でつけなきゃならないものだ。子供だろうと善人だろうと関係ない。それは他の人におっかぶせるものじゃない。だからあの子は石畳の外に出なきゃいけない。何度も言うけど、それがあの子自身のつけるべきケジメだ」


 運命。


 彼が意図して口にしたのか、それとも単に思うままを口にしただけなのか、それは分かりません。ただ、ウエンさんは言外に告げていたのだと僕は思います。女学生さんも神主さんも、死んだ事実は変わらない。だから、運命だったと受け止めなければならない、どれだけ理不尽でも飲み込まなければならない。否定することは出来ないのだと。


「仕方ないよ」


 天然パーマの大学生さんがそう呟くと、茶髪の彼は弾かれたように振り返りました。そして、ウエンさんを放って、次は天然パーマの彼へとずんずんと近寄りました。


「な、なにが仕方ないって?」


「『あの子を外に出すこと』。その人の言う通りだ。今のところ、それが犠牲を抑える最良の方法だ、とオレも思う」


 天然パーマの大学生さんがこちらに――僕と茉莉に向けた視線を、僕は今でもよく覚えています。乾いた視線でした。割り切った視線でした。茉莉は怯え、僕は彼女の前に立って、茉莉を隠そうとしました。その時は、それが精いっぱいだった。


「最良? 最良って言ったのか? ま、ま、ま、また人がし、死ぬのに? 最良って何――!!」


「冷静に考えるんだ。……君の妹さんが死んだのは、誰のせいか」


 そう言って天然パーマの大学生さんが、女学生さんの遺体を見遣った時――茶髪の彼は、それまでで一番の怒号と共に、眼前の青年を殴りました。てめえ、とか、ざけんな、とか、そんな感じの言葉を放っていたように思いますが、正直に言って、それらは日本語の体を成していなかった。ただ、頬は紅潮し、拳は込めた力でぶるぶると震えていて、僕はそれを、息を止めて見つめていました。


 僕は理解しました。そこに立って、憤怒の形相で友人を睨んでいる男は、有り得たかも知れない僕の姿だと。そして恐らく、茶髪の大学生さんも、僕と自分自身を、そして亡くなった女学生さん――彼の妹さんと茉莉を、重ねて見ていた。ええ、梓馬(あずま)さんから後にはっきりと聞きましたが、女学生さんと茶髪の彼は、血の繋がった兄妹だったそうです。とても仲の良い兄妹だった。だから彼は、誰よりも妹を殺したものを憎み、そして目の前の幼い兄妹を、自分と同じ目に遭わせてはならないと考えた。僕と茉莉は実の兄妹ではありませんが、その時の彼に、そんなことが分かる筈もない。


「てめえが死ねば良かったんだ」


 激怒の果て、彼はそう告げると、どさりと石畳の上に座り込みました。天然パーマの男性は殴られた頬をさすっていました。何も言わなかった。言える言葉も無かったのかも知れません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ