タブー - 第11話
幾分か――いいえ、多分に自信に満ちた口調で、雷瑚さんは言ったのです。皆、顔を見合わせました。彼女の思惑が読めずに、です。
「本殿ですか? その……我々のこの神社に来てからの言動とか、そういったものを具に見ていくのではなく?」
《それも悪くはないけどな。あたしは本殿――表から裏手までぐるっと回って、建物自体に何かしら異常が無いかを調べるのをオススメするね》
「理由を伺っても?」
《何だ、疑ってんのか? こっちは怪我で入院中なんだ、長時間の念話はご遠慮願いたいんだがなー。……ま、当事者からすりゃ、そうも言ってられねえか》
雷瑚さんは電話の向こうで一つ、また溜息を吐きました。それから、次にこう言ったのです。
《あくまで推測だがな。あんたらは、その神社の『領域のタブー』を侵しちまった可能性が高い》
タブー――言い換えると『禁忌』ですね。日本神話の『黄泉国訪問神話』や、民話の『弦の恩返し』などで語られる『見るなのタブー』が有名でしょう。決してこの中を覗かないでください――っていう、アレです。雷瑚さんの推測は、『この場所に近づくな』『この場所を傷つけるな』というような領域に関するタブーを、僕らの内の誰かが――知ってか知らずか――侵してしまったのではないか、というものでした。
《石畳から外に出ると潰される、参道から外に出ようとすると出られない、神社の敷地内の時間が止まっている――全ての事象に空間、つまり領域が絡んでる。特徴的なのは二番目だな。参道から出ようとすると『潰される』んじゃなくて『出られない』――空間内を無限ループする、ってところだ。何で無限ループなんだ? 殺しちまえばいいじゃねえか。実際、石畳の外に出たやつは殺してるわけだしな》
それは確かに、と、梓馬さんが呟きました。茶髪の大学生さんはそこで、潰れた女学生さんの方へ眼を向けて――青い顔で「何か理由があんのかよ」と尋ねます。
《問答無用で二人も殺してるところから、その祟りの主はかなり好戦的なヤツと見ていい。つまり、参道を無限ループさせてるのは、『殺せない』――そこまで力が及ばないが故の苦肉の策、ってところだろう。
その神社、本殿の手前まで鳥居が建ち並んでるって言ってたよな。鳥居ってのは本来、神の領域と人の領域を繋ぐ門の役割を担うものだ。それが建ち並んでるわけだから、その神社における参道は、神の領域でもあり、人の領域でもある、一種の境界として機能してるんだろう。自分の力が十全に発揮できる場所じゃないから、人を殺すだけの力が出せない――このことからも、その神社に祀られてる天狗ってのは、空間や領域に深く関わっている――いや、『こだわってる』ヤツだと推測できる》
「だから、祟られている原因はこの場所――つまり、本殿にあると?」
「二つ、納得がいかないことがあります」
天然パーマの大学生さんが口を挟みました。子供の僕には彼らの話の意味が正直言って掴めていませんでしたが、隣の茉莉が不安そうに僕の服を掴んでいるものですから、僕はとにかく平静を保とうと努力しました。茉莉にとって頼れるものは僕だけで、その僕まで不安そうにしていたら、茉莉の心の拠り所は無くなってしまうでしょう?
「神社において、境内は全て祀られている神の領域の筈です。石畳の内側だろうが外側だろうが神の領域でしょう。それなのに、どうして石畳の外に出た時だけ殺されるんです?
神主さんが殺された時だってそうだ。神主さんは参道で舞を踊った。あなたの言い分では、彼を殺すことは出来ない筈です」
「いや、神主のオッサンは舞の途中、何回か石畳から足を出してたし、そのせいなんじゃ?」
「石畳の内外というより、本殿の近くか否か、ということなのではないでしょうか。本殿は神にとって自分の家みたいなものですし、殺す相手ごと自分の家を壊すのは、やはり抵抗があるのでは?」
天然パーマの大学生は両脇から思わぬ反撃を受け、押し黙りました。あー、と、雷瑚さんが電話越しに困ったような声を出したのを覚えています。
《さっきも言ったが、あたしの話は全部推測だ。間違ってる可能性も大いにある。だから、全面的に信用しろとは言わねえさ。どうすりゃいいのか分からねえ、だからとりあえずの指針にする――その程度に捉えてくれりゃいい》
雷瑚さんは、そう言って天然パーマの大学生さんをフォローしていましたね。こういったところからも、口調こそ乱暴な印象でしたが、実際は細やかな気遣いの出来る方だったんだと思います。一方、紹介者のウエンさんは本殿に寝っ転がりながら欠伸などしていた訳ですから、相対評価により、ウエンさんより雷瑚さんを頼る気持ちが、皆の中で強くなっていました。
ところが――彼女の言葉に従い、皆で手分けして本殿の周囲を見回り、再度、雷瑚さんへ相談しようとした時です。
梓馬さんの持っているPHSから、雷瑚さんの声が聞こえなくなりました。





