タブー - 第10話
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「っていうか、何で繋がってんだ、この電話。さっきは圏外だったろ」
茶髪の大学生さんが訝しげに言いました。僕は茉莉と共に、電話を持つ梓馬さんと、その近くに集まる大学生さん二人を見つめていました。ウエンさんはと言うと、本殿の外陣に寝転んだままです。
《圏外? ああ、だから助けも呼べねえってか》
「その通りです。ですが、こうして外と連絡が着いたのなら、事態の半分は解決したようなものかもしれませんね」
《安心する前に、まずそっちの状況を教えてくれ。どこのなんていう神社に、何人いる? 『出られない』ってのはどういう状況だ? 分かる限りで良い、落ち着いて話せ》
口調こそぶっきらぼうでしたが、ウエンさんと違って、この人は僕らを助けようとしてくれているようでした。男性陣は皆、真剣に語りましたよ。神社の名前、場所、試してみたこと、死人が出たこと――ああ、そうだ。ここで一度、あの日の状況を整理しますね。あの日、梓馬さんが、電話口で雷瑚さんに話したように。
まず、ウエンさんは最初から神社の本殿で寝ていました。山を修験者よろしく歩き回っていた彼は、夜半に神社に辿り着き、そのまま本殿に入り込んで、半日以上も眠っていたそうです。
次にやってきたのは茉莉です。彼女は授業が五限目まであった上に、実にバラエティに富んだ授業のセットだったようで、体操着、給食着、図画工作の授業で着るエプロンに彫刻刀セット、そして書道セットと、かなりの大荷物で神社に到達しました。着いてから暫くは、本殿前の階段に座って休んでいたそうです。
そんな彼女の後でやってきたのが、神主さんと三人の大学生さん達。その少し後に僕。そして梓馬さん。彼が帰ろうとしたとき、初めて、神社から出られないという状況に気づいたわけで、ウエンさんがやって来てから茉莉が来るまでの間、神社に参拝客があったのかどうかは不明でした。つまり――状況を整理しても、『神社から出られなくなった切っ掛け』は分からなかった。ウエンさんは寝ていて、僕と茉莉は宿題、神主さんらは神社の由来を話し、梓馬さんも携帯をポチポチやっていただけなわけですから、祟られるようなことは何もしていないということです。ああ、でも、『神社から出られなくなったタイミング』はハッキリしましたね。梓馬さんがやって来て暫くは携帯が使えたわけですから、まさに彼が外に出ようとしたときに、神社は『閉じた』のでしょう。……やはりウエンさんの本殿侵入が祟りの原因では、と皆が思っていたのは内緒です。
それから、神社の由来。僕や茉莉が思っていたよりも遥かに歴史は古く、源平合戦の頃――西暦一二〇〇年前後に創建されたものだったそうです。祀られているのは、平家のとある武将と懇意な間柄であった天狗、とのことでした。……いえ、勿論、本物の天狗というわけではなく、実際は修験者か何かだったんでしょうけど――とにかく、壇ノ浦の戦いの後、その『天狗』は、懇意だった平家の武将を逃がしてやろうと、武将とその部下たちを導いていた。ところが、山深くを歩いていたところを、残党狩り中の源氏一派に見つかってしまい、彼が導いていた者たちは皆、殺されてしまったそうなんです。怒った天狗は源氏一派の前に姿を現し、呪いの言葉を吐き捨て、手持ちの錫杖で自らの頭を潰し、自害した。
やがて、残党狩りから戻った源氏の武将たちは次々に疫病に罹り、更には彼らが治療のために運ばれた村でも疫病が蔓延した。おまけに、病人たちは皆、首の無い天狗の夢を見るようになったとのことで、それを鎮めるために建てられたのが、神社の興りだった――大学生さんたちは、そういった話を、神主さんから直接聞いていたわけです。茶髪の大学生さんが『祟り神』と表現したのも、こういった背景があってのことでした。
《――概況は理解した》
由来まで聞いた後、雷瑚さんは一つ、ふうと溜息をつきました。それから暫く、何か深く考え込んでいるような沈黙が続いてから。
《一つ、確認してほしいことがあるんだが》
「な、何でしょう」
《石畳の外に出るのが『危険だ』って分かる、って言ってたな。今も変わらずか? 神主の舞に効果があったか、確認してくれ》
電話を取り囲む男性陣は、暫し顔を見合わせました。それから、茶髪の大学生さんがゆっくりと本殿から離れ、石畳の際に立ち――すぐにまた、電話のもとへと戻りました。
「ダメだ、全然変わってない! 本殿から離れたら死ぬ、絶対に!」
《ま、だろうな。型だけをなぞった舞に、効果なんぞあるわけねえか》
「型だけを、とは?」
《何が悪いか分かってない相手に、形だけ謝られても逆に腹立つだろ? それと同じさ。
舞でも呪文でも、そこに何らかの意図や感情が織り交ざって初めて、それらは『儀式』として成立する》
「つまり、逆に言えば」
梓馬さんが、慎重に言葉を繋げました。
「我々がここから脱するには、何故祟られているか、その理由を明らかにする必要がある、と?」
《オーソドックスだが、それが妥当だろうな》
「あの、それより、あなたのところから、救助隊を神社に呼んでもらうことは難しいんでしょうか? それが一番手っ取り早いと思うんですが」
《いやー、どうかな。話を聞いてる感じ、その神社は一種の異界になってる可能性が高い。何せ時間が止まってるんだろ? 救助に向かっても神社に入れないか、入れたとしても救助隊まで出られなくなるか、どっちかになるのが関の山だ》
厄介な話だぜ、と、電話越しに雷瑚さんが呟きました。思い返すと、彼女の言葉は正しかったのだと思います。あの日、あの時、あの場所では、僕らの話し声以外の一切の物音がしなかった。風の音とか、木のざわめきとか……普通に暮らしていれば耳に入る環境音が、一切、僕らには届いていなかった。それはつまり、あの神社が、外界と隔絶されていた、という証左だったように思います。
「だけど、祟られてる理由を調べる、って言ったって」
天然パーマの男性が当惑したように言うと、茶髪の男性もうんうんと頷きました。言いたいことは分かります。調べるも何も、先程整理した通り、祟りの原因なんて、ウエンさんくらいしか思い当たらない。それを天然パーマの男性が進言しようとしたときです。
《本殿を調べろ》





