タブー - 第7話
「どうして、って?」
天然パーマの男性が、怪訝な目を向けました。梓馬さんは疲れ切った様子で、独り言のように続けました。
「いえ、何が原因で祟られたんだろう、と、そう思いましてね。
私はね、両親ももう亡くなりましたし、恋人も居ません。この年まで仕事に打ち込んできましたが、つい最近、降格されてしまった。何だか疲れ切ってしまって、今日は会社を早退して、ブラブラと歩いていたら、ここを見つけて……それでふと寄ってみた挙句、こんな羽目になったわけでして。だから、死ぬなら死ぬでまぁ、それはそれでもういいかな、とも思うんですけども……でも、せめて何が神様の気に障ったのか――何で自分が死ぬのか、その理由くらいは知りたいなぁ、なんて」
梓馬さんは自虐的に笑いました。茶髪の男性が苛立ったように舌打ちしたのを覚えています。
「心ッ底、どうでもいいわ。結局死ぬんだぜ、俺たち。理由なんか知ってようが知ってなかろうが同じだろ」
「まぁ、そうなんですけどね……でも、どうせなら納得して死にたかったなぁ……」
「納得して死にたい? ふざけろよ。んなこと言うなら、そもそも、俺なんてまだ死にたくすらないんですけど? あいつだって……あ、あああ、あー! あー! あー!! 何でこんなとこ来たんだよ俺たちぃ! 畜生、畜生!」
茶髪の大学生さんは怒鳴るように言って、次に涙を流しながら地団駄を踏んでいました。その様が、梓馬さんと酷く対照的だったのを、よく覚えています。恐怖さえ感じましたよ。追い詰められた人間がどうなるか、まざまざと見せつけられてしまって。そうして、自然と僕は、顔見知りの――つまり、僕や茉莉が一番縋り易かった、神主さんへと視線を向けていました。
神主さんの顔は、青を通り越して白くなっていました。あの人も、巻き込まれたという意味では、僕たちと大差は無かった。だけど、皆の言葉を通して――そして、僕と目が合って。遂に、観念してしまったのでしょう。
「一つだけ」
彼は白い顔で、意を決したように、言いました。
「一つだけ、この神社に伝わっている舞があります。戦前では数十年に一度ほど、御霊を鎮める際に舞っていたそうですが……」
「そんなものがあるんですか?」
天然パーマの男性が、弾かれたように言葉に飛びつきました。そして、続けます。
「なら、それを舞えば、もしかしたら」
「ただ、古い資料に載っていたのをたまたま見つけただけで、私自身は舞ったことなど一度も無いのです。手順が正しいかどうかも分からない、道具も無い。事態が好転する保証は何処にもありません。……ですが」
神主さんは僕と茉莉を見つめて、一つ、大きく息を吐きました。
「やってみましょう。成功を……祈ってください」
それから、神主さんの舞が始まりました。と言っても、彼は手ぶらです。御幣や玉串も無く、服装もいつもの白衣と紫袴。おまけにその舞も古い記憶だよりと来ては、成功する可能性の方が低いと言わざるを得なかったでしょう。ですが、彼は懸命に舞を踊った。奇妙な舞でしたよ。本殿の内部、ご神体を向いてはいるものの、本殿のすぐ傍ではなく、参道の真ん中、鳥居群の間で、神主さんは舞ったのです。
古い言葉で呪文を唱えながら、摺り足で右へ、左へ。上半身の左右の腕をバラバラに動かしていて、恐らく、一方は鳥の動きを、もう一方は魚の動きを模していたんじゃないかと思います。低い姿勢で左へ歩いたと思えば、天を仰ぎ見るように背筋を伸ばし、爪先をぴんと立てて右へ動く。その左右への振れ幅とも言うべき動きは、やがて、参道を離れ、鳥居の外へも足を踏み出す程になりました。
時間にして、およそ十分ほど。
石畳を離れたら死が待っている――そんな僕らの認識を凌駕して、神主さんは右へ左へと動き、時に参道から――石畳から離れ、砂利の上でも舞を踊りました。ええ、僕らはその姿に安堵していましたよ。『石畳を離れても圧し潰されていない』ということは、神主さんの舞が正しいということであり――そして何より、僕らを襲っていた祟りが収まったことを示すわけですからね。
……ええ、マスターの仰る通りですよ。冒頭に言った通り――残念ながら、この舞の後、神主さんは亡くなりました。ひとしきり舞終わって、舞の始まった参道の真ん中で静止した、その直後だった。滝のように汗を流しながら、彼はふと天を仰ぎ見て――その後、あの大学生の女性と同様、何か巨大なものに圧し潰されました。僕たちも、神主さん自身も、声を上げる暇なんて無かった。一瞬で、神主さんの身体は、石畳の上に血肉となって広がりました。巨大な樹が倒れたような――いいえ、より正確に言うならば、何か大きなものが振り下ろされたような、そんな轟音が境内に響くのと同時に、です。祟りは収まってなんかいなかった。神主さんは――口にするのも忌まわしいことですが――弄ばれていたんですよ。あの神社に祀られていた御霊に。
だけど、皮肉なことに――神主さんが潰された、その音が切っ掛けでした。
あの人が、僕らの背後――本殿の中から、姿を現したのは。





