タブー - 第6話
天然パーマの大学生さんはね、青い顔をして――だけど、何とか自分を律しようと努めていたんでしょう。凄くゆっくりと、神主さんにこう尋ねたんです。
「あなたは、境講の方ですか?」
「境講?」
梓馬さんが、怪訝な表情で、聞き慣れない言葉を繰り返しました。子供の僕に至っては、彼が何と言ったのか分からなかったくらいです。が、天然パーマの方は真剣だった。必死だった、と言った方が良いかも知れない。
結論を言うと、神主さんは首を振りました。少し驚いたように学生さんを見て……それから、「残念ながら」と息を吐いた。
「私はあの手の方々と縁が薄く、噂程度にしか知らないのです。これまで世話になったことも無い。こんな事態になったこともね」
「それは」
学生さんは胸に手を当て、何度か深呼吸を繰り返してから、やや弱々しく言いました。
「残念です。残念だ」
「君はどうして境講のことを?」
「兄が講員なんです。だから、『こういう状況』が現実にあるというのは知っていました。……こんなことなら、もっと色々話を聞いておけば良かった」
――マスター。『講』という言葉は、ご存じですか? ご存じない? 『ネズミ講』とか言うでしょう? あれですよ。つまり、『講』というのは、集団とか結社とか、そういうものを表す言葉なんです。あまり今風ではないかも知れませんが、言葉自体は戦国時代よりもっと昔からあったそうですよ。
そして、天然パーマの男性が口にした『境講』というのは、この世とあの世の『境界』を管理する人々――端的に言えば、『霊能力者の集団』を示すものでした。
……ほら、段々怪しげな話になってきたでしょう? ええ、そう、あくまでも『ホラ話』です。そう思って聞いてください。
『境講』はね、数名で構成された小さなものから、数十名、数百名で構成される大きなものまで、大小さまざまなものが日本全国に散らばっているそうです。僕が聞いたところによると、境講は裏の公的機関――つまり、表立ってはいないけれど、お役所の一種として現代では機能しているそうで。お化け退治専門の公務員、ってわけです。でも、そんな胡乱なものに税金を使ってるなんて知れたら、まともな人は怒るでしょ? だから、境講に所属する人は、皆、何かしら別のお仕事を表の顔として持っている――繰り返しますが、これはホラ話です。他人には話さない方がいいですよ。頭がおかしい人と思われたくなければ。
話を戻しましょう。天然パーマの男性は、神主さんがお化け退治の専門家――いわゆるエクソシストであることを期待した。そして、その期待は儚く霧散した。だけど、ならその場に居た人々が縋る先が変わるかと言うと、決してそうじゃない。だって、女性が『何か』に潰されたのは、紛れもなく、その神主さんが管理している神社で起きた出来事だったんですからね。
「どうにかなりませんか」
天然パーマの男性が、苦しそうに言いました。彼はこめかみに右手をやって、何度も掌底で頭を小突いていました。必死に、この事態をどうにか出来ないか考えている――そんな感じです。
「このままじゃ、全員神社から出られないままだ。……いえ、時間が経てば状況も変わるのかも知れないけれど」
「無理だって」
茶髪の男性の、皮肉っぽい声がしました。嘔吐から立ち直ったらしく、彼はよろよろと皆の方へ歩いてきて――女性の遺体には目を向けないようにしながら――スマホの画面を僕らに見せ、恐ろしいことを言いました。
「見ろよ、時計が動いてない。どうせてめえらの携帯も一緒だぜ。この神社、時間が止まってんだ。俺たち、もう一生ここから出られないんだ」
そんな馬鹿な、と言って、再び皆、携帯を取り出して確認していました。結果は言わずもがな、です。皆の顔が本格的に青くなっていく中、僕は茉莉のもとへと駆け寄りました。彼女が震えていることに気づいたからです。可哀そうに、彼女の手は氷のように冷たくなっていて、緊張と恐怖とで口も利けないような有様でした。僕はそんな彼女に、「大丈夫だからな」などと、心にも無いことを言いましたよ。彼女は妹のようなものでしたから、僕が勇気づけてやらないと――だなんて、その時ようやく思い至ったわけです。
……いや、本当にそうだったのかな。もしかすると僕は、凍り付いたようなその場の雰囲気から逃れたくて、目を逸らしたくて、茉莉をダシに使っただけだったのかも知れない。そして、あの茶髪の大学生さんは、それを見透かしていたのかも知れません。
「大丈夫なわけないだろ。話聞いて無かったのか、ガキども。俺もてめえらも、ここから出られずに死ぬんだよ」
「止めなさい、相手は子供ですぞ」
神主さんが怒気の籠った口調で嗜めましたが、茶髪の男性は力なくそれを笑い飛ばしました。だって事実だろ、なんて言って。
「由来とか色々聞いたけどさ、結局、ここで祀ってるのって祟り神だろ? ならそういうことじゃん。俺たち、祟られてるんだ。で、神主のあんたに鎮められないなら、もう死ぬしかないじゃんかよ!」
男性の乾いた笑い声が響きました。彼の言葉というよりも、その笑い声が恐ろしかったのでしょう。茉莉は口を強く結んだまま、声も無く泣き出しました。僕も泣きたい気分でしたよ。でも――それが現実逃避か、心の底から彼女を想ってのことだったか、それはひとまず置いておくとして――僕は泣くのをグッと堪えて、茉莉に何度も「大丈夫だ」「何とかなるよ」と言い続けました。
その時、ふと、僕らの傍で座っていた梓馬さんが、呟いたんです。「どうしてなんだろう」って。





