タブー - 第4話
「どういうことですか」
「出られないんだよ! 幾ら歩いても、石段まで辿り着けない!」
大学生さんたちの一人、茶髪の、細身の男性が、喚くように言いました。僕と茉莉は横目で互いの顔を見合わせました。意味が分からない――それは神主さんも同じだったのでしょう。
「落ち着きなさい。もう少し具体的に」
「言った通りなんだって!」
「神主さんも一緒に来てください、お願いします。あたし、もう気味が悪くって」
眼鏡を掛けた、いかにも気弱そうな女性が言いました。三人組のもう一人――天然パーマなのか、髪の毛が妙にもじゃもじゃしている男性が、鳥居群の先で足踏みを繰り返しているサラリーマンの方を指さして、気味悪そうに続けます。
「神主さん、オレたちのことも、あんな風に見えてたんじゃないですか」
「ああ、その通りだね。一体何をしてるんだろう、と、子供らと疑問に思っていたところだよ」
「だから出られないんだって!」
「落ち着け。とにかく神主さん、騙されたと思って、お願いします。多分、来てくれたら分かる」
お願いします、と、改めて眼鏡の女性が繰り返して、頭を下げました。神主さんは困り顔ではありましたが、僕と茉莉に「少しここで待っていておくれ」と告げて、彼らと共に神社の入口へと歩いていきました。彼らは石畳の参道をずんずんと進み――やがて茉莉が僕の服を掴みました。天然パーマの男性が言った通りの事態が起きたのです。神主さんも、大学生さんたち三人組も、サラリーマンの方も、皆が皆、石段の少し手前で足踏みをし始める。
それから五分もしない内に、足踏みをしていた人々は、揃って本殿の僕らの方へと引き返してきました。皆、困惑と混乱、そして焦りが顔いっぱいに広がっています。
「確かに」
神主さんが言いました。
「どれだけ歩いても、石段まで辿り着けない。歩いている分には全く普通なのに、幾つも幾つも鳥居を潜っているのに、いつまで経っても石段が近づいてこない。狐につままれたような感覚だ」
「数えたけど、どうも七つ目の鳥居を潜った辺りからおかしくなるみたいだ。周りの光景が変わらなくなる」
天然パーマの男性が、参道を見つめながら続けます。どういうことだよ、と茶髪の男性が言いました。
「こんなおかしなこと、あってたまるか!」
「そうは言うけど、実際に起きているんだから仕方ないじゃないか。……なあ君ら、ずっと見てたなら教えてくれ。ここに居る皆が皆、参道を戻る途中で足踏みを始めてた。あってるよな?」
僕は首を縦に振りました。茉莉はもう僕の腕を掴むばかりで、周囲の大人たちに起きている異常事態に理解が及ばない様子でした。
「傍から見れば石段の手前で足踏みを始めてるけど、当の僕らにその認識は一切ない。もっと言えば、普通に歩いてるということに――景色を除けば――違和感が無かった。……やっぱり、どう考えてもまともな状況じゃあないな。一体何がどうなってるんだ?」
「俺たちに聞くなよ! 知るかそんなこと!」
「だから落ち着けって。……神主さん、この神社の逸話で、今みたいな状況と似た話は伝わってないですか? 例えば、そう……千葉の不知八幡森のような、『一度入ったら出られない』というような逸話です」
僕から見て、その天然パーマの大学生さんは、一番落ち着いているように見えました。いえ、勿論、困惑しているようではありましたが、事態に対して何とか冷静に対処しようとする姿勢が窺えました。茶髪の男性は忙しなく周囲を見回していたし、眼鏡の女性は不安そうに皆の顔を見つめるばかりで、子供ながらに、あまりあてにならない気がしましたね。
それはそうと、神主さんは少し考えた後、天然パーマの男性の問いに頭を振りました。
「ありませんな。この神社の由来などは先ほどお教えした通り――あまり気持ちの良い御霊を祀っているわけではありませんが、しかし、このような奇々怪々たる事態の言い伝えなどは、終ぞ聞いたことはない」
「あのう」
そこで、今まで皆の後方でじっと話を聞いていたサラリーマンの方が、ようやく口を開きました。彼は額の汗をハンカチで拭きながら、自身のスマートフォンの画面を僕らに見せました。
「助けを呼べるなら、呼んだ方がいいかな、と思ったんですが……私の携帯、この通り、いつの間にか圏外になってまして……。皆さんはどうですかね……」
その言葉を聞いて、皆、一斉に携帯電話を取り出しました。ややあって、僕もだ、とか、あたしも、とか、まったくもって嬉しくない報告が続々と続きます。それを聞いて、サラリーマンの方――後で自己紹介されたのですが、その方は梓馬さんと言いました――は深いため息をついて、本殿の階段に座る僕らの方へやってきました。
「ごめんよ、歩き疲れてしまって……私もご一緒させてください……」
僕の隣に座った梓馬さんは、僕の目から見ても、どうにも精魂尽き果てたような表情をしていました。思わず、僕が「大丈夫ですか」なんて尋ねたくらいです。梓馬さんは力なく笑って、「君たちも怖くないかい」と逆に尋ねてきました。
実際のところ、その時――茉莉はまた違ったんでしょうけど――然程に恐怖は感じていませんでした。現実感が無い、というか。実際に自分の足で帰ろうとすれば、また違った感想を抱いたのかも知れませんが、僕らは本殿の階段に腰掛けていただけですからね。
だから、分からなかった。自分が率直な疑問が、皆にどう受け止められるか、なんて。
「出口から出れないなら、そこの藪から道路に降りたらいいんじゃ?」
告げた瞬間の皆の反応を、僕は今でもよく覚えています。ええ、皆の顔に一斉に浮かんだもの。それは。
恐怖、でした。





