タブー - 第3話
子供の目から見て、大人の年齢なんて中々分からないものですけど、その人は若くもなく、かといって年老いても無かった。だから僕は、何となく三十歳とちょっとくらいかな、と思いました。スーツを着て、でもネクタイとシャツの第一ボタンは外していた。彼は石段を登り、連なって立つ鳥居を不思議そうな顔で潜り抜けて、本殿の方へと歩いてきました。他に参拝客が居ること――つまり、僕や茉莉や、神主さんや大学生さんたちのことです――に少し驚いた様子でしたね。小さな神社だったし、誰も居ないだろうと思ってたんでしょう。背丈も普通、少し太り気味、目の下にはうっすらクマがあって、お世辞にもあまり健康そうには見えなかったな。隣に座っていた茉莉が、見慣れない参拝客に更に緊張したらしくて、僕の傍にぐっと寄ってきたのを覚えています。
でも、その男性は、僕らに話しかけるつもりは無いみたいでした。しげしげと本殿を眺めて、大学生さんたちと神主さんが話しているのを横目に、スマホを取り出して画面をタップしてました。きっと、自分で神社の由来などを調べていたんだと思います。本当なら神主さんに話しかけたかったのかも知れないけど、先客の邪魔になると思ったんでしょうね。彼は暫く本殿とスマホで視線を往復させた後、一つ息を吐いて、くるりと踵を返しました。そして、連なる鳥居の下を歩いて帰っていったんです。ふと気が向いたから静かな場所に立ち寄ってみた。そして、気が済んだから帰っていった――そんな印象を受けました。何だか後ろ姿が凄く疲れて見えて、何と言うか、あんな草臥れた大人にはなりたくないな、なんて思ったものです。生意気な子供でしたよ、ホント。
異常を感じたのは、その少し後です。僕は立ち去っていく男性の後ろ姿から目を離して、漢字ドリルを進めて――暫くしてから、また、ふと視線を上げた。
男性はまだ、鳥居の下を歩いていた。歩き続けていた。いえ――正確に言います。
僕から見て、その男性は、鳥居の下で足踏みをしているように見えたんです。延々と、一人で。
丁度その時、大学生さんたちと神主さんの話も終わったようでした。頭を下げて参道を――連なる鳥居たちの下を歩いていく学生さんたちの姿を横目に、神主さんは僕らの方へやってきて、宿題やってるのかい、とか、寒くないかい、とか、そんな言葉を掛けてくれました。
「もう少し私の家が近ければ、二人とも家に呼んで、お菓子でもあげられるんだけどね」
残念そうに神主さんが言っていたのを覚えています。茉莉は隣で「大丈夫だよ」なんて応えてましたね。ええ、それまでにも何度も繰り返していた会話でした。いつもなら僕もそこに混ざるのですが、あの時は違った。去っていく大学生さんたちの後ろ姿に気を取られていたんです。その人たちが、あのサラリーマンに追いついた時、どんな反応をするだろう――そう思って。
結論を言います。
和気あいあいと歩いていった彼らの足も、鳥居の終焉――石段へと踏み出すことは無かった。彼らの歩みもまた、鳥居の下で、やがて足踏みに変わったんです。
異様な光景でした。せいぜいが十数メートルの参道――そこで足踏みを繰り返す四人。僕が怪訝に参道ばかりを見つめているから、茉莉と神主さんもその視線を追ったようで、やがて彼らも首を傾げました。
「一体どうしたことだろう」
「変だね」
僕も頷きました――そこで、サラリーマンの男性が踵を返して、早足で参道を戻ってきました。僕らの方に。そして、何度か本殿と、僕らと、そして参道へと視線を往復させた後、汗を拭きながら言ったのです。「おかしいな」と。
「どうかされましたか?」
神主さんが警戒した声色で言いました。子供が傍らに居るわけですからね。妙な人物だったら、自分が何とかしないと――そう思ったのでしょう。けれど、サラリーマンは焦ったように「あ、いえ、何でも」とだけ言って、また神社の入口へと引き返していきました。そして――やがてまた、歩みは足踏みに。
不気味でしたね。
子供ながら、何やら尋常でないことが起きているであろうことは分かりました。彼らの行動がすべて嘘っぱちで、例えばTVの企画でドッキリを仕掛けられている、とかであれば、どれだけ安心したでしょう。ですが、やがて大学生さんたちが皆、こちらへ戻ってきて言ったんです。
出られない、と。





