タブー - 第2話
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小さくて、陰気で、だけど手入れの行き届いた神社でした。
裏側は山で、周囲は木立に囲まれていて、夏でも影が多くて。学校からの帰り道にあるとは言いましたが、正しく言うと、国道から一本伸びた小路を進んで、更にその途中にある小さな石段を十段ほど登っていく必要がありました。境内も小さくて、手水舎どころか拝殿も無い。社務所も無かったですね。後で聞いた話ですが、確か当時の神主さんが管理してた、複数の小さな神社の内の一つ、だったそうです。でも、全然荒れては無かったんですよ。流造の本殿、こけら葺きの立派な屋根、本殿の周囲と参道に綺麗に敷かれた石畳、そしてその参道――石段の終わりから本殿へ向けて、連なって立つ十数個の鳥居。あ、鳥居は一基、二基、って数えるんでしたっけ? 失礼しました。じゃあ、十数基の鳥居、ですね。ええ。変わってるでしょう? その神社、鳥居が沢山あったんです。京都の伏見稲荷のように。
先程言った通り、僕と、幼馴染の女の子――名を茉莉と言いました――は、学校帰りには大体、この神社に寄っていました。本殿の階段に腰掛けて宿題をしたり、境内で追いかけっこをしたり。冬は流石に寒くてあまり行きませんでしたが、夏場はよく行きましたね。妙に涼しい場所だったんですよ。それに、虫も少なくて。下手に図書館に行ったりするより、僕らにはよっぽど過ごしやすい場所だった。
とにかく平日はほぼ毎日行っていたものですから、いつの頃からか、神主さんとも顔見知りになってましたね。神主さんですか? 優しい人でしたよ。六十歳近くだったと思います。柔和で、コロコロと良く笑う、少し太り気味の――ほら、恵比寿さん、っているじゃないですか。七福神の。丁度、あんな体格でした。茉莉もよく懐いていて、神主さんが境内の掃除をしているとき、「私も手伝う」なんて言いだして、僕も渋々、それに付き合ったりすることもありました。茉莉の祖父母は、彼女が小学校にあがる前に亡くなっていたそうですから、茉莉からすればお祖父さんのように感じていたのかも知れません。逆に、神主さんからすれば、僕らは孫みたいなものだったのでしょう。だから、辛かったなぁ。神主さんが圧し潰されて――ああ、ごめんなさい。順番通りに話しましょう。
あの日、僕と茉莉は、いつものように神社に行きました。と言っても、僕の方が授業が長かったので、茉莉が先に、僕が一時間程遅れて神社に着きました。彼女は本殿の階段に座って、膝の上に漢字ドリルを広げてました。でも、手は全然動いてなかった。少し緊張していたんでしょう。茉莉は人見知りなところがあって――つまり、その日、境内には先客が居たんです。神主さんと、近所の大学に通う大学生が、三人――女性が一人に男性が二人。後から聞いたところによると、その大学生さんたちは民俗学を専攻していたそうです。レポートか何かだったんでしょうね。三人は神主さんから、その神社の由来を聞いていたらしくて、茉莉は彼らの話を――多分、意味は分かってなかったと思いますが――落ち着かない様子で聞いていた。
はい? 何を祀っていた神社だったか、ですか? 人に聞いた話ですが、いわゆる八百万の神々では無かったそうです。御霊信仰、ってご存じですか? いえ、僕もあまりよく分かっていませんが……昔から日本には、疫神や怨霊を祀る文化があるでしょう? 平将門を祀ってる神田明神なんかは有名ですね。その神社も、そういったものの一つだった。つまり、怨霊を鎮めるために建てられた神社だったそうです。どこの誰か、までは知りませんが……でもそう考えると、夏の日の妙な涼しさも、虫の少なさも、妙に得心がいくような気がします。そんなところで遊んでたなんて、我ながら呆れますよ。でも、神主さんも止めたりはしなかったから、多分、誰も本気で考えてなんかいなかったんだと思いますよ。
あの神社に、人を殺す天狗がいる、だなんて。
話を戻しますね。僕は神主さんに挨拶をして、茉莉の漢字ドリルを覗きこみながら、イレギュラーな訪問者である大学生たちをちらちらと盗み見ていました。と言っても、相手は全然気にしてなんかいなかったですけどね。いまマスターが尋ねられたような、神社の由来とか、由緒とか、そういうのをメモに取って、神社の写真を何枚も撮って。え? ああ、どうでしょう。多分、写真を撮っていいかくらいは、事前に神主さんに断りを入れていたんじゃないかな。少なくとも、あの日の出来事の原因は、彼らじゃない。彼らは巻き込まれたんです。被害者……ですよ。
とにかく、僕も茉莉の隣に座って、彼女の話――学校での出来事や自宅での母親との会話です――を聞きながら、自分の宿題を広げました。僕も漢字ドリルだったような覚えがありますね。よくもまぁこんな些細なことまで覚えているものだな、と思います。それだけ、あの日の出来事が頭に焼き付いているんでしょうね。僕は漢字ドリルに手を付けて、でも何だかやはり茉莉と同じく落ち着かなくて――ようやく一ページ目を終えたところだったかな。
一人の男性が、神社にやってきたんです。





