クロスファイア - 第9話
――不意に。聞き慣れた、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
直後。
涼は見た。
空に、一筋の亀裂が走るのを。
「覚悟は――出来てるな?」
言葉と同時に、夜空が割れた。鏡のように、ガラスのように。空に走った亀裂からは、青紫色の輝きが迸る。そして、それを逆光のように浴びながら。
彼女は――アンの頭上に現れた雷瑚晶穂は、夜を白夜に変貌させる程の光を、ウェンディゴへと振り下ろした。
それは、まさしく雷そのものと呼ぶのが相応しいように思えた。それだけの光量が、それを思わせるだけの爆音が、天井の消えた部屋から夜空を貫いていく。
遥か、宇宙へも届くかのような光だった。
……雷轟の、数秒後。
「あー……マジで今回は帰れないかと思った」
噴煙が消え、その向こうに、倒れこんで動かないアンと、尻餅をついて空を見上げている晶穂の姿を見つけて、涼はようやく右手を下ろした。下ろすと同時に、体中から力が抜けて、彼女はその場にへたり込んだ。鼓動が収まらない。頭が痛い。だが。
「おーい、涼……無事か?」
「アンタ……どうやって、帰って、来たの?」
違う。一番に聞きたいことは、そうではない。だが、質問が喉から出ない。出てくれない。
「いつかのお前と同じさ。亜空間を中から叩き壊した。まぁ……お前がこいつを追い詰めてくれたお陰だけどな。何せ、時間が経つにつれて、空間の構成が無茶苦茶になっていったんだから。で、綻びがデカいところを見つけて、こいつの意識が完全に亜空間から外れたタイミングでブッ壊した」
そこで、晶穂は一つ、大きく息を吐いた。それから、寝転がり、ずるずると地面を這ってくる。どうやら、血塗れで横たわっている雨月のところへ行こうとしているらしい。
「坂田もヤバい、と思う。血の量が――」
「大丈夫さ、多分。さっきの戦闘中、散々あのウェンディゴ嬢のエネルギー喰ってたから。まぁ、効いちゃあいなかったみたいだが、うーちゃん自身は体力満載だ。その失血でも、手当すりゃ死なねえと思う。何せ、うーちゃんはつえーからな。
あ。ちなみに、あいつも死んでねえから」
――涼は、大きく目を開いた。動かないアンの、爛れた醜い顔を見つめる。
……確かに、微かに、体が上下に動いている。息は……あるらしい。
「まー……色々やらかしてる連続殺人魔術師だ。この後、拘束した此奴は、お国の専門機関に移送される。そこで死罪になる可能性は、ぶっちゃけちまうと、無くは無い」
「……殺さないの?」
「今日から、あいつとは友達なんだろ? 亜空間から聞こえてたぜ」
『友達を倒すのは、辛かったよな。すまねえ』
いつか、晶穂に言われた言葉が、涼の脳裏によぎった。それから、ああそっか、と、涼は胸中で呟いた。
――こいつ、あの時のこと、まだ気にしてたんだ。
「わたしより弱いくせに」
「その、あたしより頭悪めなお前だが」
ぽん、と、頭に優しい感触があった。覚束ない視界の中で、涼は自身に、地面を這っていた晶穂が、手を伸ばしているのを見た。
「よく、頑張った」
「……わたしより――」
その先を言えたかどうか、涼には分からない。すとんと、まるで落ちるように、自身の意識はそこで途絶えたから。ただ――後々になって思い出しても、一つだけ、確実なことがある。
――多分、あの時。わたしは。
――嬉しくて、笑ってたんだろうな――。
最後の一撃を、涼にさせるわけにはいきませんでした。





