表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
クロスファイア
70/212

クロスファイア - 第4話

「――あなたを殺すわ」


 告げても、涼からの反応は無かった。アンの言葉によれば、炎を放ち続ける彼女にも、意識は存在しているらしい。ならば、自分の言葉を聞いて、彼女はどう思っただろう――雨月はそんなことを考えながら、左掌に力を込めた。正確には、込めようとした。


 しかし。


「酷い人ね」


 ――雨月と晶穂が、ブードゥー教について知っていることは、然程多くは無い。いや、知らないことの方が多い、と言うべきだろう。ブードゥー教は、その興りからして、民間伝承と言って差し支えないものだ。つまり、地域や術者によって、その在り方は大きく変わる。


「けど、予想よりも面白いわ?」


 言葉が響いた瞬間、雨月は涼から手を放し、思い切り体を仰け反らせた。暴風が下方から雷のように駆け抜け、雨月の体躯は強く後方へと弾き飛ばされる。最中で何とか浮かぶ本を視界に入れ、その上に着地した時、魔術師は掴み取ったのであろう涼を小脇に抱え、爛々と輝く両の眼で雨月を見据えていた。


「正直に言うと、私、除霊師なんて言っても、どうせ人道主義の甘ちゃんだろう、って思ってたの。でも、甘ちゃんは私だったみたい。こんなに簡単に、何の躊躇もなく、人質を切り捨ててくるなんて!」


 掠めたのか、額からどろりと血が流れてくる。雨月はそれを、残った左腕で何とか拭い、傷口を抑えた。魔術師は喜々として、亜空間をひらひらと浮遊している。涼を片手に抱いたまま。


「楽しいわ。予想外で、とっても楽しい。ねえ、いいかしら? あなたなら、本気を出してもいいのかしら?」


「本気?」


「そう、本気」


「聞いてもいい?」


「なあに、日本の冷血な除霊師さん」


「あなた、何者?」


 涼を、近くの本の上に、まるで人形にポーズを取らせるように立たせている魔術師の背中へ、雨月は至極素直に質問を放った。相手の使う術はブードゥーのそれに属するもの……の、『筈』だ。ブードゥーはアニミズム――日本で言うところの汎霊説、即ち『どこにでも霊的存在が有る』という考えに基づいており、それらから力を借りることで術を行使する。雨月たちが居るこの亜空間も、人間の居る世界とは次元の異なる、精霊たちの居場所を一部間借りしたもの――と解釈するのが妥当だろう。


 おまけに、ブードゥーには炎を司る精霊も居る。アンがその精霊の力を利用していた場合、炎を操って攻撃するパイロキネシストでは、とても太刀打ちできまい。つまり、涼にとって、アンとの相性は絶望的に悪いのだ。涼が捕らえられたのも、そのあたりが関係しているのだろう、と雨月は思っていた。


 だが。


「今の動き」


 言葉の途中で、雨月はまた、本を蹴り飛ばした。後方へ――考えた刹那、彼女は背中から強い威圧感を感じ、左腕を持ち上げる。


 破滅的な衝撃が、雨月の華奢な体躯を貫いた。


「凄いわ。これにもついてこられるのね?」


 血を吐きながら、赤と緑と紫の空間を、雨月は飛んだ。正確に言えば、吹き飛んだ。浮石と化したハードカバーの本が遠慮なく体躯にぶち当たり、彼女の吹き飛ぶ先はその度に角度を変える。



 ――こいつ、やっぱり。



「はあい」


 衝撃に眼前が白黒に歪む最中、嫌みな程に軽快な声が響く。瞬時に、半ば無意識と経験則に突き動かされるままに、雨月は膝を持ち上げる。刹那、持ち上げた右足に痛打が走り、再び雨月は亜空間を吹き飛び、転がった。転がりながら。


 彼女は確信した。



 ――『人間』じゃない。



 ブードゥーがどんなに派生の多い魔術であろうと、アンの、姿すら見せぬ速度、そして怪力は、人間が呪術で得られる力――いや、人間の体が耐えられる力を、遥かに逸脱している。雨月は除霊師としての過去の経験から、目の前の力を、そう結論付けた。笑いながら次々に繰り出される魔術師の破滅的な力を、すんでのところで防御しながら。


 考える。


 強く下唇を噛み、痛みに耐えながら、考える。人間で無いなら、この魔術師は。


 アンとは、何者だ。


「防御ばっかり」


 アンが、嗤った。雨月は。


「こっちばっかり」


 同じく、嗤った。


 直後だった。


 一筋の、青紫色の禍々しい――けれど天使の梯子のように神々しい、真っ直ぐな強い光が、原色蠢く亜空間を駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ