プリディクション - 第33話
「……どういうことだ?」
「さっきあたしたちは、ロア、って名前の魔術師――ブードゥーの術を使う神官の襲撃を受けた。だが、思い返してもどうにも解せねえんだ。あいつがどうして、わざわざあたしたちのところまで出張ってきたのか……その理由がまだ分からねえ」
何かある気がする、と雷瑚先生は告げた。あたしはいつ口を出そうか迷っていた。『やるべきことが残ってる』? ってことは――。
「そんなわけだから、あたしもうーちゃんと一緒に、涼が捕まったらしいっつー洋館に向かうよ。今はなんかもー疲れて指一本も動かせねーけど、また暫くすれば動けるようになるはずだ」
「だ、ダメですよそんなの!」
「そうですよ、雷瑚先生。その怪我じゃあ、幾ら体質的に回復が速かろうと、足手纏いになるのは目に見えてます。……後は私に任せて」
延長戦の申し出を、あたしと坂田先生の二名で反対する。……あたしは何となく予期した。
恐らく、現状、あたしの最大のライバルは……坂田先生だ。
……いや、そんなことどうでもよくて。
「とにかく、先生もあたしと一緒に病院行きましょ!? ね!」
「そうです、『ボスと一緒に』病院に行ってください。ね?」
……坂田先生と目が合った。
「……あたしと一緒に行きましょう!」
「ボスと一緒に行ってください」
「あたしと!」
「ボスと」
「どっちでも一緒だろう」
「違うんです!」
「違います」
ボスが口を挟むのと、あたしたちが否定するのは、ほぼ同時だった。やはり……坂田先生はあたしに牽制している……!
「坂田先生……!」
「あなたの魂胆は分かるわ、東さん。だけど、私も譲れないものはあるの」
「晶穂。死ぬつもりは?」
「毛頭ねーよハゲ」
「俺はハゲん」
視線を交錯させ、バチバチと火花を散らしていたあたしたちを尻目に、ボスは乱雑に先生へ、幾つかの小汚いお守りを投げた。そうしてから、最後にわざわざ先生の首へ、これまでとは対照的に小綺麗な、紐付きのお守りを掛ける。
「武器の補充だ、適当に使え。あと、首に掛けたのは嵩からの土産だ。身に着けてりゃ、目的の洋館とやらに着く頃には、ギリギリ体が動くくらいには回復してるはずだ」
「おっ、サンキューボス」
「ボス!?」
「ボスさん!?」
「姦しいぞ女子ども。除霊師の直感には理由があるもんだ。下手な横やりはせん方がいい。異論は認めん」
あたしは開いた口が塞がらなかった。瀕死の重傷者を病院に向かわせず、意味不明な論理のもと、更に仕事へ向かわせようとするなど、気が触れているとしか言いようがない。これだから男は――あたしは胸中でボスの悪口を言いまくった。ハゲハゲハゲハゲデブ!
「雨月、晶穂を頼む。俺も間に合えば向かうつもりだ」
「異論は認めない、でしたね。はぁ……分かりました。現状、敵の手の内を一番よく理解してるのは雷瑚先生ですし……私が守れば済むだけの話、ですか」
いやにあっさりと坂田先生は引き下がる。……ということは、もしかすると、こうやって無茶をさせられるのは、先生たちにはよくあることなのかもしれない。あたしはまた、ここでも社会の闇を垣間見た気がした。
……いや、でも!
「先生、やっぱり――!」
「栄絵、遥にもよく言っといてくれ。なあに、大丈夫さ。あたしが死んだら、遥は『自分のせいだ』なんて思いこむタイプと見た。……ガキにそんな想いをさせるような真似はしないさ。絶対な」
――ああ。卑怯だ。
あたしは胸中で呟いた。先生の諭すような言葉、そして瞳に宿った確かな意思の耀き。それらには、あたしの制止の声を嫌が応にも抑え込む、不可思議な力があった。
その力が、一体どこから形成されるのかは分からない。だけど。
『何か、あるんだろうか。ボロボロになってまで、除霊を続けようとする理由――』
――あるんだ、きっと。今のあたしが立ち寄れない、先生の深い部分に、何かが。
「先生」
だから。……あたしは大きく息を吸い込んで、少しばかり煙い空気に咳をして――それから。
覚悟を決めて、告げた。
「絶対、帰ってきてくださいね」
「ああ、任せとけ」
先生はボロボロの体で――しかし強い眼差しで、そう答えた。
【プリディクション 完】





