プリディクション - 第32話
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「――しょーちゃん!!」
坂田先生の声が聞こえた。あたしはゆっくりと目を開いた。
……背中が痛い。正面に見える空の色は、かなり闇を増している。どうやら……少し気を失っていたらしい。
「しょーちゃん! しょーちゃんってば!!」
「……おー、うーちゃんかぁ。無事だったか?」
「馬鹿! もう、こんなに傷だらけで……無茶して……!」
坂田先生が泣きそうな声になっている。あたしはもぞもぞと動いて、体を起こした。
「……えっ」
あたしは言葉を失った。確か、さっきまであたしたちは、旧い木造家屋の屋根の上に居た筈だ。それが、どうだろう。ぼっこりと、まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターの真ん中に、あたしたちは居る。周囲を見回すと、半壊した家屋群。どうやら……先生の最後の一撃は、足場にしていた木造家屋ごと粉々にしてしまったらしい。っていうことは、足元の家で暮らしてた人たちは――!
「ここが取り壊し前の無人住宅街で良かったな」
――低く、聞き慣れない男性の声がした。驚愕で体がびくりと跳ねた後、声の主を見て、再度、あたしは驚愕に身を震わせることになる。
――ヤの筋の方だ!
「おーい、栄絵ー無事かー? ちなみにそのデブ、スジモンじゃねえから安心しろよー」
アビエイタータイプのサングラス、見事なスキンヘッド、恰幅の良い体格にでっぷりとしたお腹、そして真っ白なシャツに赤いネクタイ、真っ黒なスーツという、四十歳ほどの男性が屈みこんできて、あたしの顔を覗き混んできた時、後方から先生の柔らかな声がした。男性はあたしの前で舌打ちをし、それからもう一度あたしの顔を覗き混んで「大丈夫か」と尋ねてくる。あたしはぶんぶんと頷いた。
「東栄絵だな? 怪我は?」
「あ、だ、大丈夫です。だと思います。多分」
「そうか。だが、念のため病院に連れていく。晶穂の無茶に付き合わせてしまったようで、済まなかった」
「おーい、ボス。嵩姉は来てねえのか? 出来ればちょい、あたしの傷を治病祈祷してもらいたかったんだが」
「嵩はお前らほど暇じゃねえ。ここに来たのは俺だけだ」
「なんだ、使えねえデブだなオイ。期待して損したぜ」
「ブッ飛ばすぞ糞餓鬼」
「何だ、やるか? 言っとくが今のあたしはか弱い美女だぜ。殴ったら市民団体から大クレームだ。デブは社会的に抹殺される」
「ああいえばこう言う……」
ボス、と呼ばれたヤ〇ザ風の男性は、そう言ってどこか寂し気に溜息をついた。……そこで、思い出す。多分この人、大井さんの部室に行ったときに先生が電話してた、先生の上司だ。
「晶穂。現状はどうなってる」
「見ての通りだ。どっかに女の死体転がってねえ?」
「……見る限りは無いな」
「じゃあどこかの瓦礫の下か、それとも跡形も無く吹っ飛んだか、どっちかだな」
恐ろしいことを先生は言っている。あたしは今更ながら、体が小刻みに震えていることに気が付いた。あの一瞬――呪具を神官の女性に押し当てた瞬間、あたしはもしかしたら怖くて怖くて堪らなかったのかも知れない。失敗したらどうしよう。先生がやられたらどうしよう。
――激昂されて、反撃されて、殺されたら、どうしよう。
「晶穂、お前の怪我も大概だろう。今回はこの子と一緒にここでリタイアだ。あと、覚悟しておけ。お前は関係の無い子供を、この状態に至るまで巻き込んだ。これは完全にお前の実力不足、かつお前の責任――」
「あ、あの! あたしがここに居るのは、道中色々あったせいで! せんせ……雷瑚先生は、あたしを必死に守ってくれました!」
あたしは何とか立ち上がって、『ボス』と呼ばれる男性に詰め寄った。ボスは少し驚いたようにあたしを見た。
「先生にどこも悪いところなんてありません! 訂正してください!!」
「そりゃー違うぜ、栄絵。ボスが正しい。あたしはお前を巻き込んで、最後には奥の手として協力すら要請しちまった。除霊師としちゃ有り得んくらいに無様な奴だよ、あたしは」
「でも!」
「ああ、でも、お前には本当に助かった。お前が居てくれたからロアを倒せたし――もっと言うと、お前が居てくれたお陰で、ロアの術の仕組みにも色々と気づけた。ロアの視界に入っていない位置で、遥だけが操られて、お前だけは操られなかったり――プランシェットの奴も、お前だけが狙われて、遥は狙われなかったり。この差分が無けりゃ、敵の手が見えずにあたしが負けてた筈だ」
ありがとうな、と言って、先生は立ち上がった。白衣も金色の髪も整った顔立ちも、どこもかしこも泥と血に塗れ、立ち上がるのも坂田先生が支えてやっと、というところだ。その坂田先生も、血だらけ泥だらけ、おまけにフレームのひん曲がった眼鏡をつけているというボロボロの風体だ。が、雷瑚先生よりは幾分かマシなようで顔色も良い。……坂田先生も攻撃されているという話だったが、それはもう何とか出来たようだ。
「っつうわけでボス、栄絵とこの場の後処理は頼んだぜ。あたしも休みたいところだが、悪い、多分まだ、あたしにはやるべきことが残ってるように思う」





