プリディクション - 第27話
「――それで。怪我人は?」
「重傷者六名、軽傷者六名、死者はゼロ。重傷者の内、意識不明が三名です」
「その内、お前が食ったのは?」
「まるで『食べた人間がゼロなわけが無い』って言い方ですね」
「話が早くて助かる」
ボスはぶっきらぼうに言った。電話越しに、ではあるが、イライラしている様子が見て取れる。街に着く直前に渋滞に巻き込まれたのだから、その心境は推して知るべし、だろう。
と言っても、その渋滞の理由が恐らく、雨月の目の前の惨事であるのだが。雨月の頭の中で、陳腐なワイドショーの画面テロップが浮かぶ。『夕暮れの惨劇、連続追突事故による歩道橋倒壊、一体なぜ――』それをテレビで見ている者が真実に辿り着くことは、恐らく無いだろう。同業者、或いはこういった超常的な事件を扱う『境講』という隠れた公職の存在を知る者以外は。
「素直に白状しますと、三名です。ただ、そうでもしないと逆にやられていたので――」
「お前が徒に能力を使う奴で無いことは知っている。……一旦使い出したら歯止めが効かんようになることも、だが」
そうかしら、と雨月は電話越しの言葉に首を傾げた。彼女の後ろでは、救急隊と消防隊が忙しなく動き回っている。この電話は、そのうちの一人から緊急事態ということで徴収したものだ。一定以上の役職の者であれば、堺講のことも知らされている場合が多い。協力を取り付けるのは容易だった。
怪我人の人数なども、彼らから聞いたものだった。情報の確度は十分と考えていい。
「とにかく、状況については伝えました。後処理頼みます」
「お前はどうするつもりだ?」
「お伝えした通り、涼ちゃんを助けに戻るつもりです。場所は……もう送信済みでしたね。ボスも到着次第、応援願います」
「相変わらず上司使いが荒いな」
「各所への事情説明と必要な人員の手配だけでしょう? 車の中から電話を数本駆ければ終わりますよ」
「簡単に言う」
「それがボスのお仕事ですから。……あ、そんなことより」
「そんなこととは何だそんなこととは」
「しょーちゃん……雷瑚さんから何か連絡入っていませんか? もし可能なら、彼女にはこの街に来ないよう、伝えて欲しくて。
今回の相手は、複雑な呪術を状況に応じて使い分ける、高レベルの呪術師と想定します。『コードレス』――無能力者で対処できる案件ではありません」
「あー……そうだな。そうかもしれん。分かった、次に電話があった時に伝えておく」
「いえ、電話があった時に、ではなく、直ぐに伝えて欲しい、なのですが。この後、私から連絡したほうがいいですか?」
「いや待て、落ち着け。その程度なら俺から伝える、だからお前は涼のところへ急げ」
……どうにも上司・碓井磐鷲の様子がおかしい。不審に思った雨月が尋ねようとした時、バタバタと大きなヘリの音が聞こえた。
見上げると、どうやら報道関係者によるものらしい。騒音が救助活動の妨げになる――そう、世論に大批判を受けている筈なのだが、まだこうしてやらかす輩がいるようだ。耳を澄ますと、電話越しのボスの車中でも、報道番組にチャンネルが合わされているらしいことが分かる。
『――歩道橋では、尚も救助活動が進められており、報道関係者の立ち入りは禁止されています。また、こちらは未確認ですが、同市では他にも、突風で複数の家屋が破損した、という情報も入っており、各種事件の関連性について検討の声もあがっています――』
「……突風で複数の家屋が破損?」
まだ鋭敏なままの感覚を持って聞き留めた情報を呟くと、ぶつん、と、電話越しにテレビの電源を落とす音が聞こえた。……雨月は尋ねる。
「どうして今、テレビを消したんです?」
「五月蠅くてな。とにかく、状況は把握したつもりだ。判断に異論を唱えるつもりはない。お前はこのまま涼の救助へ向か――」
「――もしかして、雷瑚さん、この街に来てます? そして私と同じく、魔術師と交戦している、とか」
思い付きを口にしてみただけだった。確かに、晶穂は後からこの街に来ると言っていたけれど、そうそうあちこちで交戦状態になるとは考えにくい……。
「いいか雨月、落ち着いて聞け。お前は戦闘力・状況判断力共に、一流と言って遜色ないコーダーだ。だが、稀に冷静さを著しく欠き、周囲への被害を一切無視して暴れ回る時がある。分かるな? 常に己を律し、冷静に事を推し進めろ。でなければ――」
「――しょーちゃん、来てるんですね? 交戦中なんですね?」
グダグダと回りくどいことを告げてくるボスの言葉を断ち切り、雨月は鋭く言った。成る程、もしそうならば。
涼を助けに行っている場合ではない。それよりもまず、助けるべきは――。
「おい、雨月、分かった、待て、確かに晶穂は既に現着している。だが落ち着いて聞け、今の状況では、まず敵の手中にある涼を助けるのが先――」
「しょーちゃんより先に助けるべき人間なんて居ません」
それだけ告げて、雨月は電話を切った。それから目を閉じ、深く息を吸って、晶穂の場所を探す。普段ならこんなことは逆立ちしても無理だが、数人分の力を食ったばかりの今の状態なら話は別だ。探知能力も普段の数倍に膨れ上がっている――。
「――居た。しょーちゃんだ」
この状態で走って……恐らく十数分の位置だ。急がなければ。先ほど相対した『エリザベス』と同クラスの攻撃能力を持つ者が相手だと、晶穂には荷が重い。彼女は呪具の扱いに長けているし、特異な体質も有しては居るが、結局のところ『それだけ』の除霊師だ。複雑で高度な魔術を駆使するような相手では、手も足も出ない可能性の方が高い。
急がなければ。
「待ってて、しょーちゃん」
呟き、雨月は全力で駆け出した。……借りた電話の返却も忘れて。





