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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
プリディクション
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プリディクション - 第16話


 大井さんの通う高校は、あたしの学び舎よりも真新しい、実に小綺麗な建物だった。


 壁は真っ白で、淡緑色の廊下は綺麗に磨き上げられている。天井の灯りはLEDだ。夕陽の射す校庭や体育館からは、部活中と思しき学生たちの掛け声や走り回る音が聞こえていて、そろそろ陽が暮れようというこの時間帯でも、建物全体が活気に溢れている。通り過ぎた教室の窓も綺麗に磨かれているし、中に見える机や椅子も整然と並んでいた。品がある……というと言いすぎかも知れないが、少なくともあたしの高校よりは、遥かにお上品な雰囲気が漂っていると言ってしまっていい。


 そしてそれは、大井さんに案内されてやってきた、手芸部の部室も同様だった。


 軽やかに動くスライド式の扉を開いた正面前方には、校庭を見下ろせる大きな窓。左手の壁には荷物入れと思しきロッカー。右手の壁にはミシンなどの裁縫道具や折りたたまれた布、『趣味の手芸』などのタイトルの複数冊の本が並ぶ小綺麗な棚。部屋の中央には教室机が四つ。平凡と言えばそれまでだけれど、配置された一つ一つの備品がしっかり手入れされていて、清潔感がある。少し湿気てはいるけれど、居心地の良い部室だ。


「――OK。まぁデブはデブなりに頑張って来てくれ。それなりに期待してるぜ」


 部室の中へと急いで入っていく大井さんの背中を見ながら、先生はあたしの肩を借りつつ、実に不躾な言葉を、手にしたスマートフォンへと言い放った。思わず苦笑いしつつ、しかし一方で、もやもやした感情が胸の内を支配していく。


 確かに、言葉自体は暴言・悪口の類に違いない。けれど、そこには丁度、親しい友人に軽口を叩いているに近しい爽やかさがある。そして、具体的に何を話しているかは分からなくとも、電話越しに先生と会話している人が、低く、渋めな声の男性であることも分かる。


 何というか。


 悔しい。


「どなたですか?」


 通話を切り、顔の筋肉をヒクヒクさせる先生が電話を白衣のポケットに戻すのを見ながら――きっと、それだけの所作でも痛むのだ――あたしは堪え切れずに尋ねた。ん、と、先生があたしに顔を向ける。


「男の人の声でしたね。先生に男の人は似合わないと思うんですけど」


「なに言ってんだ栄絵。服じゃねーんだから、似合うも似合わないもクソもねーだろ。あと、今のは上司だ」


 上司。


 あたしたち学生には存在しない概念だ。上司と言えば、大体無茶苦茶なことを部下に言って、部下を追い詰めたり困らせたりする人……というイメージが、各種テレビドラマなどの影響により、あたしの中で培われてしまっている。けれど、どうにも先生の場合は違うらしい。少なくとも、世間一般にみられる上下関係で、ばっさり相手に『デブ』と言ってしまうのはアウトな気がする。違うのかな? いや、違わないハズ。絶対。じゃあどうしてあそこまで親しげなんだろう、という疑問が出てくるわけで。


「本当に上司なんですかぁ? それにしては妙に仲良さげでしたし。あ、もしかして、『デーブ』って名前の人だったりします?」


「デーブっておい……ちょっと面白いな」


「真面目に答えてください」


「雷瑚先生! ありました、これです!」


 あたしは胸中で舌打ちをした。大井さんは極々真面目な表情で――というより、緊迫した顔で、部室中央の教室机の上を示している。ここに来るまでのバスの中で、先生から軽くバスロータリーで何があったかを聞かせてもらった結果、彼女は自分の状況が想像以上に宜しくないことを知ったのだ。頼れる相手は先生のみ。縋りつくような視線で先生を見つめるのも分かる。分かるんだけれど、それより先に、まずは先生に変な蟲がついていないことを確認すべきだ。


「おう、ありがとな、遥。それと、あんまりビビるな。あたしは今こんなだが、ちょっち落ち着けば何とか動けるようになるし、何より今、うちの上司とも連絡がついた。色々あってボスもこの街に来るみてーでな。解呪条件が多少難しかろうと、ボスなら百パー何とか出来る」


 ……なに、その信頼関係。


「は、はい。ありがとうございます」


 大井さんは深々と頭を下げる。よっぽど怖いらしいけど、今は……ん? いや、ちょっと待って、あたし。


 大井さんは何かに操られてて不安で一杯なわけで。


 先生は先生で、バトル漫画も青ざめるような大怪我をしてるわけで。


 あたし。


 強引についてきた身分のくせに、なに悠長に嫉妬なんてしてるわけ?


「――栄絵。栄絵? おーい、栄絵さーん?」


「……あっ、は、はい!」


 我に返ったあたしへ、先生は怪訝な視線を向けながら「とりあえず一旦座らせてもらおうと思うんだが」と、教室机に添えられた椅子を指さした。あたしはテンパって言った。


「いいんですか、あんな硬い椅子で!? 必要ならあたしが椅子になりますけど!?」


「ご、ごめんなさい硬い椅子しかなくて!」


「いや学校ならそんなもんだろ。っつうか栄絵も落ち着け。……まぁ、落ち着かない気持ちも分からんでもないけどな」


「分かるんですか!?」


「ああ。アレ見りゃ、ある程度は、な」


 アレ――先生がそう表現し、顎で指し示したもの。それを一言で表現すると、『小綺麗な木版』――というのが妥当だったと思う。勿論、『アレ』とは、大井さんがロッカーの中から引っ張り出してきた、件の『ウィジャ盤』のことだ。


 形状としては、厚さ二十ミリ程度の、薄い扇型をしていた。つるつるの表面には、左上から右下にかけて、AからZまでのアルファベットと、0から9までの数値が印字されている。内側の弧にはYes/Noの文字が、そして外側の弧にはHello/GoodByeという文字が書かれている。脅かすような、或いは神秘性を煽るような装飾は無く、文字全体を囲うように枠取りがされているくらいで、『いかにも怪しげ』という感じの物には見えない。見えないけれど、ポンとこれを渡されて「はい、じゃあこれで遊んでね」と言われても、何をどうすればいいのか、一切分からないと思う。


 ……ああ、だから、なのだろうか。結局のところ、何をどうしていいか分からないから、あたしはこの扇形の木版に、奇妙な感覚を抱いているのかもしれない。それは――何とか無理くり表現すると――見ているだけで不安になるような、触れるだけで『何かが付着するのでは』と思わせるような、心を逆撫でするような――そんな感覚だった。


「あ、あのっ。やっぱり、これに何か――」


「ああ、ハッキリ言っちまうけど、何か術が施されてる」


 先生が部室の中へ踏み出し、あたしは慌ててその体を支える。そうして、青い顔の大井さんの頭を片手で軽く撫でてやってから――いいなぁ!――先生はようやく、ウィジャ盤と向かい合って座った。


「……ただ、明らかにヤバい類の術……ってわけじゃあ無えみたいだ。少し時間をくれ。どうもかなり特殊な術らしい。ゲテモノの匂いがする」


「ゲテモノの匂い、ですか?」


「ああ。さっき駅前で嗅いだのとほぼ同じ、ひねくれものの匂いだ。微かに、だけどな」


 真剣な横顔で――しかし、あたしたち素人にはよく分からない表現で説明してから、先生はウィジャ盤の鑑定を始めた。木版の文字を具に眺めたり、裏返してみたり、嗅いでみたり、傾けてみたり。何やらブツブツ言っているところを見る限り、かなり真剣な様子だ。あたしと大井さんはそれを眺めることしかできない。とはいえ……ダラけて眠っている先生もいいけど、こうして真剣な表情の先生も、やはりこれはこれで――。


「東さん」


「あ、うん、なに!? どうしたの、大井さん!?」


 また状況を忘れて先生に見惚れていたあたしだったが、隣からあたしの服の袖を弱く引っ張る大井さんの寂しそうな瞳に、すぐに自我を取り戻した。危ない危ない。また一人の世界に突入するところだった。


「あのね、聞きたいことがあって……東さんも、あのウィジャ盤、何か変だ、って思ったんだよね?」


「え?」


 あたしは暫し躊躇した。正直に答え……いや、ダメだ。さっきまでの自分の心理状況は、ピュアな大井さんに到底言えるものではない。


「えー……っと。その。い、言われてみればそうかも? って感じ? だったかな……」


「そうなんだ……じゃあ、どっちなのかな……」


 

 ――ん? 何を言っているのだろう。



 視線をちらちらと窓へと向ける大井さんを、あたしは首を傾げて見つめた。


 『どっち』って、何?


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