プリディクション - 第13話
「日本語分かるか!? フリーズ!!」
「……あなたは」
流暢な日本語だった。何よりも、蠱惑的なまでに美しい声だった。自身の頭上に迫る青紫の輝きを『何か』で受け止めながら、彼女は、宙で全力を振り絞る晶穂を、そっと見つめた。
見つめられた刹那。
晶穂の体を、冷たいものが掴もうとした。
「どなたですか? どうして、わたしに、そのようなものを振り下ろそうとされるのです?」
「本気で言ってるわけじゃねえよな!? いいから周りの奴らの操作を解きやがれ、この――!」
告げている最中で、握り締めていた輝きが陰った。舌打ちし、振り下ろしていた両腕を即座に天へ向け、青紫色のエネルギーを推進力にして、宙から猛スピードで滑り降りる。それから、懐より別の御守りを取り出し、大地を蹴って、群衆の隙間を縫いつつ、一瞬で相手の背後に回った。
彼女は、振り向かない。
再度、晶穂は全力で、掌に握り締めた御守りから、その力を鋭く放った。
ドン、と、またも衝撃が、駅前の大気を揺るがしていく。
「珍しい……力をお持ちなのですね」
届かない。
放った青紫色の輝きが、やはりまた、『何か』に受け止められている。故に、彼女を貫けない。
「手にされているのは……怨念の詰まった小さな袋のようなものですか? 籠められた怨念を取り出し、エネルギーとして利用する……けれど、それはバケツに注がれた水を、柄杓で外へ吐き出しているようなもの。いずれ怨念は尽き、エネルギーは空になる」
――こいつ……!
「ああ……けれど、それにしても。何とも見事に……見事なまでに荒々しい力ですね。そして何より、禍々しい……」
「禍々しいだぁ? 浄不浄が言えた口か――!」
「あまり、大きな声を出さないでくださいまし」
女性が、こちらを振り向いた。振り向いて、その真っ黒な瞳で晶穂を捉えた。
また、氷のように冷たいものが、晶穂の体を掴もうとする。晶穂は再度舌打ちをして、強く後方へ跳んだ。人々の頭上を飛び越え、再度着地した時、青信号はようやく点滅し始めていた。
ワザとらしいほどに、何事も無かったかのように、人々は横断歩道を進んでいく。その中で、晶穂と彼女は向かい合う。
「視界に入った人間……いや、違うな。『目の合った人間』を操る、か?」
「ですが、不思議、です。どうして、あなたは、他の方のように、わたしの思う通りに、動いてくださらないのです?」
「おーおー、不思議がれ不思議がれ。邪視なんつうベタな力で、誰でも操れると思ったら大間違いだ」
――本当に『邪視』か?
告げながら、巡らせる思考をおくびにも出さず、晶穂は低い姿勢で考える。目にしたものに害を与える術、『邪視』――その存在自体は、東西問わず世界の至る所に見られるものだ。特段珍しい力ではない。だがそれならば、先ほど、自らの放った力を阻んだものは何だ? 何より、駅のホームに居た遥を、この場からどうやって操った? 位置関係からして、この場所から駅のホームを見ることなど出来ない。
複数の魔術を使うのだろうか?
ならば、他に何の魔術を使う?
「除霊師の方、ですね。初めまして。わたしの名は、ロア。ロアと申します」
考える晶穂に対して、彼女は自ら名を告げた。いよいよ晶穂は訝しんだ。この業界において、名は極力秘匿されるべき情報の一つだ。名を知られるということは、いつ何時、自らが何かしらの呪術の対象にされてもおかしくないということと同義である。だからこそ、この国では、力のある除霊師にコードネームをつける。真の名を第三者に知られ、自国の戦力を徒に摘み取られぬよう。
「わたしは只の従者。主からの命に従い、ふわふわとこの街を歩き回っていただけの身分にございます。……あなたのような猛々しい戦士と戦うなど、わたしにはとても、とても」
「そうかい。なら、大人しく――」
「はい。大人しく、退いてくださいまし」
彼女――『ロア』と名乗る女性がそう告げた、その直後だった。
突然、何の脈絡もなく、晶穂の体は強く突き上げられた。足の裏、サンダルの下からやってきた突然の衝撃に、晶穂の体躯は抗う暇もなく、玉突きが如く宙へ弾き飛ばされる。そうして、まるで巨人に全力で蹴り上げられたかのような苦痛の中、晶穂は宙で目を見開いた。
自身の正面から。ロアが振り上げた右手に誘われるかのように。
青紫色の眩く激しい輝きが――先ほど、晶穂が相手に向けて放った一連の力と全く同質の爆発的なエネルギーが、自身へ真っすぐ向かってくる。
ほぼ、無意識だった。晶穂は宙で両腕を交差させた。程なくして、両腕は濁流のそれに似た破滅的な衝撃を受け、彼女の体は突風にさらわれる木の葉が如く吹き飛び、遥か後方の駅の壁面に衝突する。
視界が暗転した。
受け身も取れず、大地へ墜ちる。経年劣化で剥がれ落ちるペンキのように、壁面に沿って。





