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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
プリディクション
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プリディクション - 第10話

 そう言うと、返事を待たず、雨月は開いた扉へと歩いた。「ちょっと!」と、次は涼が非難するように声を上げるが、聞く耳は持たない。『自分一人なら勝てる』――それが、彼女なりの経験値に基づく判断結果だ。少なくとも、涼を連れて行くべきではない、という点に関しては、絶対の自信がある――。


「あ、エリザベス!」


「えっ?」


 後方で驚愕したような声がして、思わず雨月は振り返った。振り返った直後、しまった、と彼女は胸中で吐き出した。理由は単純で、背後にはエリザベスの姿など何処にもなく――代わりに。


 自身のすぐ傍らを、小柄な少女が通り過ぎていったからだ。


 あっという間だった。


 次に振り返った時には、既に涼の体は、洋館の玄関口に立っていた。


「……騙したわね?」


「今時、あんな手に引っかかるなんて、わたしの方がびっくりしてるんだけど?」


 玄関口から、どこか満足げに涼が言う。舌打ちしつつ、雨月は一足飛びに少女のもとへ跳んだ。


 刹那。


 がん、と、頭部に、正面から強い衝撃が走った。まるで何か硬いものに突っ込んでしまったかのような痛みに、思わず苦悶の声を上げつつ、雨月はよろめく。掛けていた伊達眼鏡が衝撃で敷石の上に転がり、彼女は慌ててそれを手に掴んだ。そして、改めてそれを拾い上げ、掛け直した時。


 彼女は見た。


 自身の前方。地上一メートルほどのところに、一枚の紙きれが浮遊しているのを。


「何これ?」


 思うに、それは宙空に突然現れたのだろう。雨月だけでなく、涼もキョトンとしている。紙色は白で、光沢は無く、大きさはA4サイズ程度だ。それは丁度、雨月と涼の中間地点に、両者に両面を見せつけるように浮かんでいて、雨月は嫌な予感に全身を包まれながら、その白い紙の表面へと視線を走らせた。


 何やら、文字が書かれている。日本語だ。雨月には、こう読めた。



『あなたは、この館から出ることは出来ない』



 ――雨月は直感した。


「涼ちゃん! 読み上げ――」


「『あなたは、首を斬られて死ぬ』って書かれてる。なにこれ?」


「――ないで、って言おうとしたのにもうっ!!」


 文句を言った直後、風を切る音が雨月の耳に届いた。無意識的に横へ跳ぶと、雨月の元居た場所に、一本のペティナイフが突き刺さる。


「えっ、えっ、なに? わたし、何かした?」


 敷石に刃の中ほどまで食い込んでいるペティナイフを見て、涼が驚愕の声を上げる。雨月は心の底から後悔していた。確かに、涼は除霊師として有能だろう。コーダーとして国に登録されるだけの、先天的な――かつ驚異的な特異能力も持っている。だが、圧倒的に経験が足りない。


「坂田、上!」


 また風切り音がして、雨月は次に後方へと跳んだ。どこからやってきているのか――彼女の通り過ぎた大地に、次々とカッターナイフや事務用洋鋏、シャープペンシルや折れた木の枝などが突き刺さっていく。


「坂田、なにこれ!? あんた、狙われてない!? っていうかどこから飛んできてるのコレ!?」


「どこからかは知らないけど、狙われてるのは確かね」


 門扉の外まで追いやられて、雨月は周囲を見回した。遠くからの木々のざわめき――それが、どこか強く響いてきている。門扉から玄関口の間に、家庭的な刃物に交じって尖った木の枝が突き刺さっているのを改めて確認してから、雨月は自身の直感に誤りが無かったことを再認識した。


「涼ちゃん、一旦退きましょう! 呪いのかかった状態での追跡は、流石に無茶があるわ!」


「呪い? えっ、えっ、何で?」


「あなたが、その紙に書かれてる『呪文』を読み上げちゃったからよ!」


 そう、呪文だ。今も涼の眼前に浮かんでいる白い紙――そこには、表裏に別々の言葉が記述されているのだろう。そして、読み上げることで、『向かい合った相手』に、特定のルールを強いる。先程の場合、雨月が紙の内容を軽々しく読み上げていれば、涼は『館から出ることは出来な』くなっていただろうし、逆に涼が自身に提示された内容を読み上げてしまったせいで、『首を斬られて死ぬ』というルールが、涼が向かい合っていた相手――即ち、雨月に強制されてしまった。


 先日、旧い学校で晶穂と涼が直面した、『トイレの花子さん』を騙る魔術装置の話を思い出す。あれも確か、装置を『被害者自身に起動させる』という代物だった。


 得てして、魔術や呪術と呼ばれる類のものは、クリアすべき条件が多ければ多いほど、凶悪な効果を発揮するものだ。恐らく、この『他者に発動のトリガーを委ねる』という不確定要素の高い呪術も、それに見合うだけの危険な力を有していると見るべきだろう。


「あっ、そういうことね! これ呪文だったんだ」


「納得してないで! 早くこっちに――!」


「ならコレ、燃やしちゃえばいいんじゃない?」


 言うなり、涼は右手を広げ、まるで獣が爪を振るうが如く、浮遊したままの紙切れへ、宿した炎を投げつけた。白い紙は呆気なく炎に飲まれ――真っ黒な炭と化して崩れていく。


 また、風の音を雨月は聞いた。バッグを盾代わりに顔の近くへ持ちあげた途端、強い衝撃と共に、細長い木の枝が数本、小綺麗なトートバッグの側面に突き刺さる。――涼の思惑と異なり、呪文の書かれた紙を燃やしたくらいでは、この呪いは解けないようだ。


 では、どうすれば解呪できる?


「ダメみたい! よし、坂田! あんた、逃げるかどこかに避難してて!」


 お気に入りのバッグがボロボロになり、微かな怒りを覚えながら思考を巡らせる雨月へ、未だ玄関口に居る涼が叫んでくる。更に嫌な予感がして、少女の行動を制止すべく名を叫ぶが、その横からまた呪いの矢が――今度は木の枝に加え、出刃包丁まで向かってきているのを、雨月は横目で確認した――飛んできて、雨月はその場でバッグを振るい、何とかそれらを叩き落とす。


「わたし、花子まじゅつしを止めてくるから! それまで何とか耐えて!」


「コラ、待って! 待ちなさい!!」


 涼が洋館の奥へ消えていく。その後を追おうとする雨月だが、絶え間なくやってくる刃物の数々が、それを許さない。やがてバッグは粉々になり、中身がバラバラと道路に散らばって、雨月は遂に観念した。



 ――逃げるしかない。



 彼女は夕暮れの道路を走り出した。少なくとも、何らかの物体が首を狙って『飛んでくる』ものであるらしいことから、屋内・或いは障害物の多いビル街などに向かうべきだろう。本来なら涼の後を追って洋館に入りたかったところだが、どうもこの呪いの『矢』の数々は、それを阻止したがっているように思える。なおかつ、先ほど玄関に向かおうとした瞬間、何かに強かに頭を打ち付けたことから、あの洋館の玄関口付近には、目に見えない障壁が張られている可能性も否定できない。再度見えない壁に突っ込み、ダメージを受けたところに刃物が飛んで来たら、呪文で示された未来が、あっさり実現することになるだろう。



 ――でも、なら一体、どこに逃げ込めば?



 風を切る音がする。風を切る音が近づいてくる。その音に身を苛まれながら、逃げ込める場所を探しながら、雨月はとにかく駆けた。


 安全な場所が、右か、左か――それすらも定義できぬまま。


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