プリディクション - 第8話
「だって、涼ちゃん。メアリーちゃんじゃないって」
「嘘よウソ、ウソっぱち! その雰囲気、しんちてんめいに誓ってメアリーだわ百パー間違いなく!」
「正しくは『天地神明』ね。でも涼ちゃん、雰囲気雰囲気って言うけど」
「なに!」
「顔つきは? 背格好は? 探し人が絶対にこの子だって、私に証明できる?」
矢継ぎ早に尋ねると、涼は思った通り、困ったような顔で雨月を見つめた。「証明ってなに?」とでも言いたそうに。だが、敢えてそのまま、雨月は真っ向からその視線を受け止め続けた。……やがて、涼は。
「……確かに、同じ顔じゃあ、無いし」
実に不服そうに吐き出した。
「この子の方が、メアリーより背も高い気がするけど。でも――!」
「ってことは人違いね。ごめんなさい、エリザベスさん。後をつけたりして、不安に思わせちゃったこと、謝るわ」
「あ、いえ……それじゃあ」
再度雨月が涼の口を塞いだのを見て、エリザベスはぺこりとお辞儀をし、そそくさと道路を歩いていく。やがてその姿が、曲道に消えたのを見届けてから、雨月はようやく涼の口から手を離した。
「ふう。まさか、向こうから話しかけてくるなんて、予想外だったわ」
「何が『予想外だったわ』よコラ坂田! 坂田ァ!!」
ふと腕の力が緩んだ隙に、涼は雨月の拘束から抜け出した。そして、雨月を指さし、往来にて甲高い声で弾劾を始める。
「何が『人違い』よ、馬鹿なの? 大馬鹿なの!? 愚か者バンザイなの!? 折角捕まえたのに何で放り出すの!? 確かに姿かたちはちょっと違うけど、アレ百パー『メアリー』だってば! っていうか証明ってどういう意味!? 難しい言葉使わないで! あーもー、あんた、わたしが思ってた以上にニブチンみたいだからもっとはっきりこっきりわかりやすく言ってあげる! アレは! 間違いなく!! 『メアリー』と同じ――!!」
「じゃ、後を追いましょ」
「そうよ、早く後を追――えっ?」
「どうしたの? そんな、鳩が豆鉄砲と水鉄砲の両方浴びたような顔して。ほら、早く追わないと見失っちゃう」
雨月はそれだけ言って、涼を置いて歩き始める。慌てた様子で、涼もそれに続いた。
「えっ、なに? わたしのこと、疑ってたんじゃなかったの、あんた?」
「コーダーの直感を信じないほど、平和ボケしてないわ」
「なら何でさっき追い詰めなかったの?」
「だって、面白いじゃない」
「面白い?」
エリザベスの消えた曲道まで来て、慎重に角から先を覗き見て――夕陽の当たるアスファルトと、大きなダストボックスが道路に面するように置かれている幾つかのマンション、という、殺風景な光景しかないことを確認してから、雨月は先ほど言葉を交わした少女の気配を、六番目の感覚で探した。……相手は恐らく、ここから幾つかの通りを経た道を歩いている。そう遠くはない。追跡は、然程難しく無い筈だ。
「隠れてた方が絶対に有利なのに、わざわざ彼女は私たちに話しかけてきた。情報アドバンテージを一部放棄してまで話しかけてきた理由として、考えられるのは二つ。そうせざるを得ない理由があったか、『そうしたい』理由があったか」
早足でついてくる涼を横目で見ながら、馴染みのない住宅街を進んでいく。進みながら、ふと、思う。
――駅前と違って、随分と人通りが少ないわね、この辺り。
「だけど、私たちが追ってる相手は、何十年も前から色んな場所に災厄の種を蒔いている、用意周到で狡猾な人物だわ。そんな人間が、考え無しに追跡者に接触するとは考えにくいから、私に声を掛けてきたのは、何らかの狙いがあったと考えた方が自然でしょう。罠に掛けようとしたのか。こうして私たちに尾行させて、どこかへ連れて行こうとしてるのか。或いは、他に何か望みがあるのか。それは分からないけど」
「……分からないけど?」
「いずれにせよ、自分が『勝てる』って信じ込んでるのは間違いない。……そんな人間が、最後にどんな吠え面を見せてくれるのか――想像するだけで面白いでしょう?」
小さく笑みを零し、歩き続ける。遠くからは微かに、少し流行りを過ぎたポップ・ミュージックをジャズアレンジしたBGMが聞こえた。少し外れた先に、商店街でもあるのだろう。皆が家路についている。それが、いま追跡しているターゲットにも当てはまれば、これ以上ないほどの収穫なのだが。
「坂田おねーさんってさ」
隣の涼が、呟くように言った。
「性格悪い、って言われない?」
「……言われないけど?」
「……ふーん」
「……含みがある言い方ね?」
雨月はわざわざ涼の顔を覗き込んで、にっこりと微笑む。が、涼は無表情に、「逃げられちゃうんじゃない?」と言ってのけ、電柱とゴミ箱と煙草の吸殻がちらちらと散見される幅数メートルの道を、そそくさと進んでいった。
「動じない子ねぇ」
ポツリと呟き、涼の後ろを――ひいては、先ほど別れた、あの異国の少女の気配を追う。動じない涼の様相は、どことなく、雨月に過去の自分を思い起こさせた。
怖いものなど何も無い――きっと、あの少女はそう信じているのだろう。いつかの自分と同じように。
そんな奇妙な感慨を感じながら、歩くこと、十数分。
「止まった」





