プリディクション - 第6話
「そうだな。オートマティスム――つまり、参加者が無自覚にプランシェットを動かしてる、ってのが一般的な意見だ。事実、参加者の誰も知らねえような質問をすると、回答は貰えないらしい」
「だったら」
「いや、だからこそ、だ。いいか遥、いま栄絵が言ったように、大抵の場合、こっくりさんやウィジャ盤での答えなんざ、参加者の誰かの心の内にあるもんだ。だから不安に思わなくてもいいし、むしろ思うな。お前に示された回答は、下らねえ偏見と世間知らずが凝縮された、信用にも値しねえガキくさいタワゴトだ」
成る程、と、あたしは胸中で雷瑚先生に拍手を送った。要するに、先生は大井さんの悩みを鼻で笑わず、その上で更に「心配するな」と言いたいのだ。尊い。尊みが凄い。
……だけど。
「もう一つ、いいです?」
あたしは率直に、浮かんだ疑問を口にした。
「参加者の誰かが心の中で応えたのが出てくる、ってものがこっくりさんだとして……『将来人を殺す』なんて物騒なこと、普通、応えたりします? そもそも、雷瑚先生の言う通り、『誰と結婚するか』って質問にその解答を思い浮かべること自体、ちょっとどうかしてるんじゃないかなって思います。……ちなみに大井さん、そのこっくりさんって大井さんだけでやったんじゃないよね?」
「ウィジャ盤な」
「う、うん……一人で遊ぼうとは思わないよ、流石に。何ていうか、ちょっと不気味だし」
雷瑚先生はそれを聞いてから「誰とウィジャ盤をプレイした?」と尋ねた。大井さんは「部活の友達三人くらいと」と、平凡な回答をし、そして、少し、雷瑚先生は押し黙る。ベッドの上に胡坐をかき、腕組みをして。
それから。
「ま、普通に考えりゃ」
雷瑚先生はボリボリと頭を掻いた。
「普通はそんな回答しねーわな。考えられるとしたら三つ。遙の友達に深い心の闇を抱えてるやつが居るか、遥自身に心の闇があるか」
「な、無いです! 無いよね!?」
「だ、大丈夫だよ大井さん。……多分」
「たぶん!?」
取り乱したように大井さんがあたしの肩を掴む。彼女は懇願するような目で見つめてくるが、「ぜったいだいじょうぶだよ!」なんて可愛らしい一言を微笑みと共に放てる程、あたし自身は綺麗ではないのだ。少なくとも、あたしはあたしが、無意識な暴力を振るった経験者であることを知っている。かつて雷瑚先生と関わった事件の時に。だから、『どんな人と結婚できるか』なんて可愛らしい質問をする大井さんだって、誰かを傷つけることが無いとは言い切れない。……と、思ってしまう。
「あ、あの、らいこ先生! わたし――」
「落-ちーつーけ。誰も遥が闇深っ娘だなんて決めつけちゃいねえだろ? さっきのは可能性の話だ、可能性!」
闇深っ娘って何だろう。聞いたことの無い属性だ。
「ま、とにかく、現物を見てみるか」
そう言うと、雷瑚先生はパシン、と小気味よい音を立てて自身の両太腿を叩いた。それから、ベッドの上に立ち、一つ伸びをしてから、保健室の床に降り立つ。いつかどこかで見た覚えのある仕草だ。
「現物……ですか?」
「その通り。そのウィジャ盤、遥の部室にあるんだろ? 調査の為にも一度、見ておきたくてな」
風通しの良さそうな簡易なサンダルを履くと、雷瑚先生は大井さんの肩にポンと手を置いた。真剣に聞き入れたことに対する感謝か、大井さんは元気よく「はい、ありがとうございます!」と返事をする。しかし。
「あ、でも」
大井さんは次に、どこかバツの悪そうな顔をした。どうした、と先生が訊くと、「少し遠いです」と大井さん。
「ここからだと電車で一時間くらいかかっちゃいます。突然押しかけたのに、そこまでしてもらうのって――」
「でも不安なんだろ? ま、遥の都合が悪いなら別日でも構わんが」
「いえ、いえ! わたしは大丈夫です! じゃ、じゃあ……」
お願いします、と、立ち上がるなり大井さんは深く深く頭を下げた。大袈裟だな遥は、だなんて言いながら準備体操宜しく体を捻る先生をあたしは心の底から頼もしく見つめる。と同時にふと危機を感じる。……大井さんがライバルになったらどうしよう。
「あの」
あたしの危機感を増長させるが如く、大井さんが先生に声を掛ける。少し頬が赤いように見えるのは……いや、きっとこれは射し込んでいる夕陽のせいだ。間違いない。いくら大井さんでも、先生とあたしの間に割り込むようなら容赦はしない。具体的に何をするかは全然分からないけれど――そんなことを胸中で呟くあたしなどそっちのけで、大井さんは軽く小首を傾げた。
「さっき、『考えられるとしたら三つ』って仰いましたよね。ウィジャ盤で回答が返ってきた理由。一つはわたしの友達が、もう一つはわたし自身が怖いことを考えているからだ、って」
じゃあもう一つは――大井さんがそう尋ねると、先生はぴたりと、準備体操中の体を止めた。それから――少しだけ間を置いて。
こう告げた。
「遥達以外の『第三者』が回答した、だ」
――大井さんの頬の色が、赤から青へと転じた気がした。





