プリディクション - 第3話
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タンタン、という心地よい音と共に、足元が振動する。それを受け止めながら、坂田雨月は静かに窓の外を見ていた。
電車は丁度、大きな河を渡るところだった。真っ赤な夕日が、遠くの鉄橋と河を照らし、眩い輝きを雨月に返している。それは何て事の無い、何処にでもある日常のワンシーンだ。それでも、雨月はうっとりしながら、ドアにもたれ掛かりつつ、窓の外を見つめ続けた。白いシャツと膝までのネイビーフレアスカート、小さめのトートバッグ。傍目には仕事帰りのOL以外の何者でも無い平凡な格好だが、きっとここに幼馴染の雷瑚晶穂が居たら、彼女に告げてくれた筈だ。「うーちゃんはお洒落だな」と。
それに対して、彼女は微笑んで返すのだ。「しょーちゃんに頓着が無さすぎるだけよ」と。そして二人でまた窓の外を見る。窓の外の、平平凡凡で、しかし見るものを掴んで離さない、破滅的なまでの美しさの夕陽を。
そんな夕方を、彼女は望んでいた。
筈なのに。
「ねえ、遠くない?」
雨月は隣から放たれたぶっきらぼうでキーの高い声に、現実に引き戻された。溜息をついて、彼女はドアのすぐ傍の座席に座る『同伴者』へ視線を向ける。
「目的地までは……あと十分くらいだから、もう少しだけ我慢してね」
「こんなに掛かるんだったら、何か暇つぶし出来るものでも持ってきたのに」
ぶう、と頬を膨らませる小学生――青樹涼の姿に、雨月は苦笑する。そして、そんな雨月へ、涼は電車に乗ってから二度目となる質問をする。
「あの暴力女はいつ合流するの?」
「早ければ十九時くらい、場合によっては今日は不参加……って言ってたけど」
チラリと腕時計を見る。十七時。雨月が出立する前、晶穂は保健室でグースカ寝ていたが、相談者・東栄絵が晶穂を起こすのがいつになるかは、雨月にも測りかねた。何やら深刻な様相の友人の話を聞いてやって欲しい、ということだったが……。
「不参加、って! そういうの、とうじしゃいしきがない、っていうんじゃない?」
「寂しい?」
不満げな涼をからかう気満々で尋ねながら、一方で雨月は思う。当事者意識がありすぎるのも困ったものだ。
「そんなのじゃない! ただ、不満なだけ。だってあいつ、この前も『花子まじゅつしの調査を一人でやるな、調査するなら自分を絶対呼べ』ってぎゃあぎゃあ言ってたんだもん。それなのに」
「はなこまじゅつし?」
「『花子さん装置を創った』まじゅちゅ……魔術師! だから花子まじゅつし」
「残念な命名されちゃったのね」
とはいえ、名を付けることは重要だ。それが標的であり、戦う相手と認識するのであれば、尚のこと。一方的な命名とて、それが相手の本質の一部を示しているのであれば、呪術の対象とすることすら可能となる。……まぁそれは置いておいて。
「あんまり肩に力を入れ過ぎないでね。今日の調査は『念のため』の実地調査なんだから。完全な無駄足になるかも知れないし、期待しすぎないように」
雨月はこの点が一番心配だった。彼女の言葉は真実そのものであり、率直に言って「有力な手掛かりが得られるとは考えにくい」とすら思っている。それでも、ボスは「念のために実地調査をしろ」と言い、「実地調査ならあたしが行くよ」と晶穂が言い、「暴力女が行くならわたしも行く」と涼がどこかから聞きつけてきた。こうして調査決行日、よりによって東栄絵からの緊急依頼が入ったため、晶穂は日中の勤務地である高校に残り、代わりに雨月が涼と向かう羽目になる、という、雨月にとっては実に面白みのない現況に至る。
「でも、変なことは在ったんでしょ? これから行くところに。……あと何分くらい?」
「五分くらいかな。変なこと……在ったって言えば在ったんだけど。
……あれ、涼ちゃんはその話、雷瑚先生から聞いてないの?」
涼は首を縦に振った。思わず雨月は溜息をつく。やはり、当事者意識がありすぎるのは困ったものだ。『晶穗が調査に行くなら自分も行く』という、実に短絡的な衝動だけが涼を動かしている。……経験の少ない、それも小学生の除霊師に、これ以上を求めるのは酷かも知れないけれど。
「クラスメイトには内緒よ?」
どこかで見た――確か同じ講に属する先輩・嵩と共に見たアニメの一節をもじってから、雨月は語り始めた。
「二週間くらい前、涼ちゃんが掴んだ『花子魔術師』の手掛かり――相手の身長とか外見とかを元に、私たちのボスが日本中の同業者に調査の依頼をしたの。危険な魔術師の足跡を調査されたし――ってね。そして、新旧こもごもの目撃証言から幾つかの潜伏候補地が挙がって、実際に何人かは実地調査もしてくれた」
「えっ、わたしたち以外にも動いてる人がいるの?」
「そうよ? 何せ、相手はこれまでに何人も子供を殺してるんだもの。だから丁度、指名手配犯と同じような扱いを受けてるわ」
「でも、花子まじゅちゅしを倒すのはわたしなのに!」
涼は憤慨した。雨月は苦笑する。
やはり、子供は苦手だ。





