コーダー - 第5話
「陰陽術」
晶穂がボソリと呟いた。彼女は暖簾の向こう――リビングへと手を伸ばしてみる。
反応は無い。腕が折れ曲がるようなことも、身体ごと反転させられてまた廊下を歩かせるようなことも。
「『部屋に入ろうとした』場合に発動する、ってことか?」
「そうでーす」
分かったら帰ってくれない、と、またリビングから家主の声が響いてくる。相変わらず足をパタパタ空に遊ばせて、ワイドショーは点けっぱなしで。
陰陽師・青樹まどかは、至極単純な言葉で、磐鷲らに退去を命じた。
「ケーサツ沙汰になりたくないっしょ? 大人しく帰ってくれたら、見逃したげる~」
「残念ながら簡単に帰るワケにはいかんのですよ。俺達は勧告と警告をする為に、あんたのところへ来たんだ」
磐鷲は注意深く言葉を選びながら、サングラスのブリッジ部分を人差し指で軽く持ち上げた。そして、自身の白衣のポケットから商売道具――古ぼけたお守りを取り出そうとする晶穂を手で制する。
『まだ』、その時ではない。
「晶穂、いい機会だ。お前に試験を与える」
「……はぁ?」
「『ここからリビングに入れ』。この程度のことが出来ん奴に、例の、小学校に装置を仕掛けた魔術師を追わせる訳にはいかん」
磐鷲は敢えて、青樹まどかに聞こえるように言った。それから、続けてリビングへと声を放つ。太く、低い声で。
「青樹まどかさん。本題の前に、まずは自己紹介をしよう。俺はかつて、あんたの母親である青樹了さんに師事したことがある者だ。名を、碓井磐鷲」
「薄いのは頭だけにしとけ、ってーのは禁句だぜ」
「黙って言われたことだけやってろ、糞餓鬼。……失礼、この口の悪いのが――」
「あと三分以内に出てってくれなかったら、ケーサツ呼ぶね?」
磐鷲の言葉など『まるで聞く気なし』とでも言いたげに、リビングから声が返ってくる。だがそこには、先ほどよりも明確な敵意が混ざっていた。
磐鷲が軽く横目で促すと、晶穂はボリボリと髪を掻いて、それから一つ息を吐いた。そして、ゆっくり――カタツムリが葉を這うような速度で――その右足をリビングルームへと伸ばしていく。
「ここに勧告書がある。『資格無き第三者に自身の名を騙らせ、複数回に渡り除霊行為を実行させたこと』への、国からの是正勧告だ」
部下の試行を横目に、磐鷲は話を切り出した。率直に言って、こんな言葉に然程効果は無いだろう。そんなことは既に承知の上だ。
だが、何事にも順序というものがある。
「改善の意思を何らかの形で示さない限り、あんたは近い将来、除霊行為に関与する資格を剥奪され、政府経由での仕事の依頼を受託出来なくなる。私的な行動にも監視が付くことになるだろう。何せ、その特殊な能力が故に、除霊師は『貴重な人材』であると同時に、常識の通用しない『危険人物』でもあるからな」
「あと二っ分~」
「だから、俺はあんたに提案しよう。国に改善の意思を示すための、至極単純な方法だ。
あんたとあんたの娘・涼さん共々、俺の『講』に入らないか?」
「はぁ!?」
隣で、そろりそろりと足を伸ばしていた晶穂が、驚愕に声を上げた。同時に、その爪先はリビングルームに設置する。
直後。
晶穂はくるりと反転して磐鷲の隣をトコトコと歩いた。
馬鹿にしたような笑い声が、リビングから響いた。
「よりによって、そんなしょーもないこと言いに来たんだ~?」
「おいこらボス、聞いてねえぞ。よりによって、こんな見えきってる地雷をあたしらのチームに誘うのか?」
想定通り、晶穂が食って掛かってくる。磐鷲はため息をついた。
「『チーム』ではなく『講』だ。更に言えば、歴史的には『境講』と呼称するのが正しい」
「名前なんざどうっっっっでもいいんだよ、話の主旨を摘まんで適切な返しをしろこのハゲ!」
「俺はハゲん」
それより、と磐鷲は晶穂を睨む。部屋に入るのはどうした、と。
「まさかもうお手上げか? もしそうなら、お前は除霊師として二流どころか三流以下だ。この程度の術も破れんようではな」





