コーダー - 第4話
「入れねえ」
「参ったな。『開いているのに入れない部屋』か。厄介なことを」
「引き籠るのに最適だな。……あーへいへい、悪かったよボス、真面目にやるっての」
磐鷲は一つ溜息をついた。それから、暖簾の向こうに見える女性の足に向けて声を掛ける。
「解除してくれませんかね。あんたの仕業でしょう」
女性は何も返さない。晶穂は数歩後ろに下がった。そして「ちょっと退いてくれ」と磐鷲に告げるや否や、軽やかに前方へジャンプする。
磐鷲はその光景をじっと見つめていた。白衣と金の髪をたなびかせてリビングルームへ跳ぶ彼女の体躯は、暖簾をくぐる辺りで完全に床から離れていた。言い換えると、彼女はその瞬間、間違いなく宙空に居た。
にもかかわらず。
次の瞬間、晶穂の体は百八十度反転していた。
着地したのは、元居た廊下。磐鷲のすぐ傍だ。彼女は暫く無言だった。無言のまま姿勢を正し、やがてまた、磐鷲の腹をポンと叩いた。
「何で俺の腹を叩く」
「日常を確かめるためさ」
無視しよう、と磐鷲は決意した。そのうち飽きるだろう。
「それはともかくとして、だ。ボス、これどう思う?」
「これ、とは?」
「分かり切ったこと聞き返すなや面倒くせえ。『他者を部屋に入れない』ってコレ、魔術なのか? 魔術にしちゃあ、やけにスケール小さえ気がするんだが」
「案件前の下準備は入念にしろ、といつも言ってる筈だが」
つまり、魔術ではない。確かに似てはいる。しかし、その呼称は正確ではない。
「これは『陰陽術』だ」
「せいかーい」
気の抜けたような陰陽師の声が、リビングルームから響いた。
これが、昼下がりのマンションの一室で行われた、地味というより他にない、小さな戦いの幕開けだった。





