コーダー - 第3話
中には、至って平凡な住宅の光景が広がっていた。備え付けの靴箱、玄関に揃えて置かれた草履が二足。二メートルほど続く廊下は、その先のリビングへと繋がっているらしい。彼は「失礼」と一言告げて、磨き上げた革靴を脱いで中に入った。
数歩歩くと、左手にも廊下があり、洗面台へ続いている。気にせず、リビングへと進んだ。TVの音がする。玄関とリビングを区切る扉は開いたままだが、暖簾が掛かっていて、先に広がる主たる居住空間の全容までは視界に入らない。だが。
正面。暖簾の向こうに、玄関と向かい合うように置かれたソファの端から、寝転がっているらしい女性の足が見えた。
見えるのは、膝から下。肌は若々しく、裸足だ。どこかだらしなく、足はプラプラとソファの上から飛び出ている。丁度、腹ばい状態で雑誌でも読みながら足をパタパタさせている――そんな感じだ。
「青樹まどかさんですかね」
「不躾に失礼するぜ。だがそっちだってご機嫌な居留守かましてるんだ、どっこいどっこいだろ?」
狭い廊下に、晶穂が並んで立つ。彼女は無意味に一度、ポンと磐鷲の腹を叩き、「インターホンやノック、オッサンの脂ぎった声による呼びかけも行ったんだが、聞こえなかったかい」と、若干喧嘩腰に言い放つ。
相手は――何も返さない。相変わらずプラプラと足を遊ばせている。TVからはワイドショーが流れているらしい。芸能人の量産型な笑い声が響いてくる。
「無視か? なぁオイ青樹まどか。誰のせいでこんなところまでわざわざあたしらが――」
そう言ってリビングの暖簾をくぐろうとした晶穂は、そのままくるりと踵を返した。そして、数歩歩いてこちらを振り向く。驚いたような表情で。
「何してるんだお前」
「……あたし今、何で反転した?」
磐鷲はサングラスに隠れた眼を細めた。何を言ってるんだ――普通なら、そう言って彼女の正気を疑うところだろう。だが。
「晶穂」
「うい」
こちらの意図が分かったらしい。晶穂は険しい顔つきになって、もう一度ずんずんとリビングへと進んだ。暖簾をくぐろうとする。
踵を返す。
数歩歩き。
立ち止まる。





