コーダー - 第1話
「入れねえ」
部下である雷瑚晶穂が、信じられない、といった表情で呟いた。それを聞き、碓井磐鷲はサングラス越しに、実に一般的なフローリングのリビングと、自身と晶穂が立つ廊下の間、境界のように垂れ下がった暖簾を睨む。
「参ったな」
単純な任務であってほしい――ささやかな願いは、どうやら叶わなかったらしい。いや、叶わないような相手だからこそ、自分は彼女らのことを託された、と言うべきか。
任務内容――ターゲットから、用意した書面に血判を貰うこと。
障害――ターゲットの住居、本人の居るリビングに入れないこと。
「『開いているのに入れない部屋』か」
厄介なことを、と、磐鷲は胸中で呟く。そんな彼の隣で、ポツリと晶穂が呟いた。
「引き籠るのに最適だな」
……引き籠るなら、ドアは閉まっていたほうが都合が良いのでは。そう返してやろうかと晶穂を見つめていると、相手は豊かな髪を片手でボリボリと掻いて、実に鬱陶しそうに言った。
「あーへいへい、悪かったよボス、真面目にやるっての」
――咎めようとしたわけではないんだが。
晶穂の態度に一抹の寂しさを覚えつつ、磐鷲は改めて暖簾の向こうへ目を向ける。
この術を仕掛けたであろうターゲット――パイロキネシスト・青樹涼の母親である『青樹まどか』を睨むように。





