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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第77話

   ●




宇苑(うえん)ちゃん。その状況で斬り結んだの?」


 大まかな話を耳に入れた後、織田ナヲ子は(あき)れたように言った。


「直前に国ちゃんが言ったんでしょう? 音を鳴らすことが目的だ、って。それなのに太刀を振るって音を出した? 理縮が起きて全員死ぬかも知れないのに?」


「あのさ、ナヲ婆。久々にお話出来たっていうのに、そうやって責めるみたいな言い方するの感じ悪いよ」


「そうね、ごめんなさい。だけど、磐鷲(ばんしゅう)くんが成功しなければ全員が消し飛んでいた。その事実は受け止めないといけないわ」


 飾荷ヶ浜(しょくにがはま)総合病院の敷地(しきち)内に設置された無数の天幕、その一区画だった。国明との戦闘が終わり、卓明らを連れて戻ってきた病院で待っていたのは、認知症に(かか)って意思疎通が困難となっていた筈のナヲ子だった。


 宇苑(うえん)が聞いた話によると、彼女は磐鷲(ばんしゅう)と戦い、その結果として回復したとのことだった。宇苑には何が何だか意味が分からなかったが、実際にこうして話せているのだから仕方ない。何より、この事態は喜ばしいものだ。


 問題があるとすれば。


「……ボスが目覚めないかも知れない、ってのはマジなの?」


 慌ただしく無数の人々が行きかう病院敷地内だったが、宇苑らの天幕には境講(さかいこう)通廊(つうろう)の関係者だけが近寄れるように手配されているらしく、他の天幕よりはかなり落ち着いたものだ。重傷でボロボロだった栄二も近くに寝かされていて、彼の手は、隣に寝かされている妻・朋美に握られている。一方で、ここに磐鷲は居ない。


「ええ、奥の手を使った反動ね。普段ならともかく、今回は理縮にすら耐えきれる強度の、それも地方一帯を丸ごと囲むような規模で実行した。あまりにも負荷が高すぎるもの……脳が焼き切れていてもおかしくないわ」


「そもそもそんなこと出来るもんなの? いや出来てるから僕らもここにいるんだろうけど」


「磐鷲くんは……『門』を開いたから」


 吐き出すようにナヲ子は言った。何やら相当に大変なことらしい。


「五年前に私も似たようなことをして、それで認知症みたいな状態になった。磐鷲くんの規模となると、もうどうなるか予想がつかないわ」


「ふーん……まぁでもどうせすぐ起きるでしょ。何せうちのボスだからね」


「そう……そうね。そう信じたいわ」


「それはそれとして、結局のところ理縮ってのは起きたの? 起きなかったの?」


 宇苑(うえん)はイマイチその言葉の意味するところが分かっていない。何か爆発のような事象らしいが、国明との最後の一撃の直後、視界が真っ黒に染め上がって、気づいたら妙に柔らかい洞窟(どうくつ)の底に着地していたのだ。卓明も似たようなものだ。ただ国明の姿だけが無かった……そんな状態だった。


「発生はしたみたい。そうね……ボール球が入ったガチャガチャのカプセルを思い浮かべてみて。カプセルが波行先(なみのゆくさき)で、その内側のボール球が磐鷲くんの奥の手で覆われた飾荷ヶ浜。理縮は起きはしたけれど、削り取られて消えたのはカプセルとボール球の間にあった(わず)かな隙間(すきま)だけ……宇苑ちゃん、その顔は分かってない顔ね?」


「うん、全然だ」


「文武両道って難しいわねぇ……やっぱり私のところに居た時に勉強まで叩き込んだ方が良かったかしら」


 背筋の凍るようなことをナヲ子は平然と言ってのけた。宇苑は猛然と首を振り、そして――何故か、無意識に、疑問を口にしていた。


「あのさ。結局、僕は国明を殺したと思う?」


 普段なら絶対に吐かないような言葉だ。相手がナヲ子だからだろうか? それとも――誰かに否定して欲しいのか?


「……お腹、()(さば)いたんでしょう?」


 心底不思議そうにナヲ子は返してきた。もし口にした動機が後者なら、相手としてはこの上なく悪かったようだ。


「何度も殺す気で斬ってたんでしょう?」


「……そうだね」


「致命傷も与えてて、殺意も認めてて、それで『殺してない』はおかしいと思うの」


「よくそんなペラペラ言えるよね、ナヲ婆。ん、でも、目の前にいるのが孫を殺した男だっていうなら普通の反応か……」


「家族の話で言うならあなたも立派に私の孫。私は事実だけを口にしてるのよ、宇苑ちゃん。


 それに、殺した人の数なら私の方がもっと沢山居るわ。多分、大人も子供も関係なく虐殺(ぎゃくさつ)した」


 流石の宇苑も口をつぐんだ。ナヲ子はふうと一つ息を吐き、天幕を見上げる。当然、空は見えない。だが、夕暮れももうすぐ終わるだろう。


 また夜が来る。今度は……カイ・ウカイもイトヒキも巨人も出ない、普通の夜。だが、今日この時に至るまでを生きて過ごした人々にとって、その言葉は(しばら)く受け入れ難いだろう。理性ではなく、本能的なものとして。


「冷静な判断が出来るような状況じゃ無かったけど、私自身からすればそれは関係ない。私は大勢の人を、理縮のエネルギーに転化させないがために積極的に殺した。そしてそれは、全体から見れば意味のない焦土(しょうど)作戦だった。(いたずら)に人を殺しただけ。その事実も受け止めないといけない。受け止めて……」


「受け止めて?」


「生きていきましょう。(つぐな)ったり祈ったりしながら」


 ナヲ子はそう言うと、穏やかに宇苑を見た。


「そうかもね」


 何だか変な返しになってしまった。だがとにかく――自分が疑問を口にした理由は、分かった気がした。


「……そう言えば、卓ちゃんと、真由ちゃんと……あと、雷瑚(らいこ)さん? 皆はどこに行ったのかしら」


「さぁ? まぁ待ってりゃまた返ってくるよ、大丈夫大丈夫」


 そう言って、宇苑は天幕の下に敷かれたブルーシートの上に崩れるように寝転んだ。何だかんだ物凄く疲れた。よくよく考えれば飾荷ヶ浜(しょくにがはま)に来てから一切食事をしていない。だから「お腹減ったなぁ!」などと大仰に言った。


 帰ってこないのは国明くらいだ――そんな冗談は胸の内にしまい込んで、捨てた。



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