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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第74話

   ●




宇苑(うえん)、一つ聞かせてくれないか?」


 立ち上がった兄・国明が言った。その右手にはバスケットボール大の球体がある。薄い黒のヴェールに、宇苑の太刀――正確にはその柄部分が封じ込められている球体。


 『波行先(なみのゆくさき)』と、兄は黒の名前を告げた。


「俺たちがここにいるとどうして分かったんだ?」


「真由ちゃんから卓明の走っていった方向を聞いた。大まかな見当がつけば、後は伊都之尾羽張(いつのをはばり)の気配を探すだけで済む!」


 『無脚の巨人』の残骸(ざんがい)、巨大な岩塊から飛び降りながら宇苑が言い返す。殺気だった眼差(まなざ)しだ。


「太刀の『気配』ときたか。無茶苦茶言うよな、全く。一応、そういうのも遮断(しゃだん)出来る想定で――」


 言葉を(さえぎ)るように、宇苑は思い切り(そば)の岩塊を右手の(さや)で殴り飛ばした。一瞬で人間大に削り取られた岩塊が、轟音と共に国明へと弾き飛ばされていく。


「兄――!」


 叫びかけたところで、国明の足元から盾のように黒のヴェールが噴き出した。その様はどこか間欠泉(かんけつせん)に似ていたように思う。思う、というのは一連の攻防が(またた)き程の時間で行われ、卓明の目で全てを追うことは出来なかったからだ。故に、彼がハッキリと認識できたのは結果だけだ。


 噴き出した黒いヴェール――『波行先(なみのゆくさき)』にいなされる形で、弾丸となった岩塊は国明の遥か後方へと吹き飛んでいった。巻き起こった豪風の最中、自らの頭に軽いものが当たって地に落ちたのを卓明は感じた。


 ちらりと、頭に当たったものへと目を向ける。


「おいおい、危ないな」


 卓明がそれを拾い上げていると、穏やかな声が聞こえた。見ると、国明が笑っている。


「今の。殺す気でやったのか、俺が防げると思ってやったのか、どっちだ?」


「この期に及んで『殺す気か』だって? もうそういう段階じゃないのが分からないか?」


 空気が震えた。肌がビリビリと(しび)れるようだ。その渦中(かちゅう)にありながら、卓明はしかし違和感を覚えた。


 『俺が防げると思ってやったのか』。国明はさらりと言ってのけたが――。


「不思議そうな顔をしてるな、卓明。何を考えてるのか当ててやろうか? 『どうして波行先で岩を防げたんだ』だろ?」


 視線だけをこちらに向けた兄が言った。はぁ、と宇苑(うえん)がキレ気味に疑問を(てい)する。


「何の話を――!」


「波行先だけで岩をいなせるなら、わざわざ巨人の両腕を岩で造って柏手(かしわで)なんてさせる必要無いよな。糸繰人形(きょじん)なんて造らず、サクッとやっちゃえばいい。こんな風に」


 国明の背後から二本の黒いヴェールが噴き出すように現れた。それらは風に揺れるようにゆらゆらとはためいた後、鋭い勢いで互いにぶつかり合う。


 じゃりじゃりと細かいものがぶつかりあう音が響いた。拍手のそれに似た所作だったが、巨人が繰り出した柏手とは何もかもが違う。


「以上、検証終了。波行先(なみのゆくさき)そのものの物理的な干渉力は低く、これだけで柏手は起こせない。ただ俺の近くのヤツだけは、砕いた岩を圧縮して無数の(つぶて)を練り込んであるんだ。創意工夫の結果ってやつだ。


 さて宇苑(うえん)、『何の話を』だって? 鈍いなぁ、『その太刀の柄じゃ俺は殺せない』って話だ。これ、本当ならお前が一番気にしなきゃならないコトなんだぜ?」


「そういうせせこましい話は苦手だ。礫? 波行先? 全部斬り飛ばしてやる」


「具体的にどうやって?」


「お前から伊都之尾羽張(いつのをはばり)を取り返す。それで終わりだ」


 卓明の脳裏に、古い夏の日が(よぎ)った。人食い徳吉を(たお)した輝く刃――確かにあの力なら、物理的にも霊的にも切断は可能かもしれない。


 そう考えた矢先だった。


「ならこれを壊すか」


 あまりにも軽い所作だった。太刀の(つか)が封じ込められた球体――それを国明は握った。


 ドン、という重い音が響いた。そして『響いた』と認識した時、卓明は大地に転がっていた。


「二人とも、大丈夫か?」


 呑気(のんき)な兄の声が聞こえる。うつ伏せの状態から顔を上げると、視線の先で対峙していた二人の兄は、一方は平然と、もう一方は卓明と同様に大地に()している。言うまでもなく前者が国明だ。


 何をしたんだ、と声を上げることも出来ない。


「『重力』『電磁気力』『強い力』『弱い力』――これらを量子力学では自然界に働く『四つの力』と呼んでるワケだが」


 何の話だ、と口に出す余裕(よゆう)もないのだろう。視界の先で宇苑(うえん)が必死に立ち上がろうとしている。


「婆ちゃんや宇苑のような除霊師が持つ力は、この四つの力で説明できるものじゃないよな。俺はそれがずっと疑問だった。だけど、とある人から教えてもらったんだ。四つの力――その根源には、『そうあるべし』と規定された通りに世界を運行しようとする力があるんだ、ってな」


 科学的に立証できる話じゃないが、と国明が笑っている。


「それは()わば、(ことわり)だ。自然界の(ほとん)どの自然現象は数式で表せるだろ? この世には、そういう風に()()()()()()()()()()()がある。これを『理力』という」


 卓明は目を疑った。国明が先ほどまで持っていた宇苑の太刀、その柄。球を形成する波行先(なみのゆくさき)が封じ込められていたもの。それが。


 消えている。


「より簡単な言い方をするなら、俺を俺として、卓明を卓明として、宇苑を宇苑として――それぞれの存在を物理的化学的に定めている力だな。逆に言うと、局所的にでも理力を減衰(げんすい)させるだけで物質は物質として成り立たなくなる。


 いま起きたのが、それだ。本来なら太刀の柄――あのサイズの純鉄を消滅させようとしたら、TNT火薬を……3.5kgくらい? は用意しなきゃなんだぜ?」


「……どこへやった……!」


「お、宇苑、流石の頑丈(がんじょう)さだな。波行先でガードしてる俺はともかく、もう口が利けるのか」


伊都之尾羽張(いつのをはばり)を……どこへやった!」


「だから壊したんだって。お前たちが倒れたのはその余波だ」


 心の底から呆れたように国明は言った。


「単純に言うと、俺が波行先と呼ぶこの黒いヴェールは時空の歪みだ。俺に理力を教えてくれた人――パトリック教授はこれを『時空蜃気楼』と呼んでた。まぁそれは置いといて……物質をこの中に閉じ込めると、中の時間と外の時間がズレるんだ。長く確保すればする程にこのズレは大きくなる。そしてヴェールに(ほころ)びを作ってやるとこの通り――内外の時間のズレを解決できず理力が極端に収縮し、物質は崩壊する。これを『理縮』という」


 卓明は血の気が引いていくのを悟った。平時であれば国明の言葉はすべて妄想や幻想として処理しただろう。だが、今は状況が違う。


 何せ、目の前でそれが起きるのを見たのだ。そして、物質を物質として成立させるための力――その収縮がこれまでも起きかけていたのを認識したのだ。


柏手(かしわで)……!」


「そうだ、卓明。特定の周波数を持つ振動を起こして綻びを作る――そのために柏手という手段を採った。


 お陰様でリハーサルも大体終わった。次の柏手で、飾荷ヶ浜(しょくにがはま)全域が壊れる理縮を起こせるだろう」


「……柏手を打てる巨人ってのは僕の隣で倒れてるぞ」


「あのな。何で俺がこうして長々と話してると思う?」


 国明の言葉に応じるように、大地が地滑りのような音を立てて揺れた。卓明は国明の後方、せり上がっていく大地を呆気(あっけ)に取られて見ることしか出来ない。


 (てのひら)(さかずき)を作るような形で、巨大な二本の『腕』が大地から現れていた。


「核融合における質量欠損みたいなもんで、理縮は莫大(ばくだい)なエネルギーの放出を伴う。卓明にはもう話したが、これで俺は補陀落(ふだらく)へ――別次元へ渡りたい。別次元って分かるか、宇苑(うえん)? お前の伊都之尾羽張(ぶき)が元々存在した世界――日本神話における高天原(たかまがはら)、もっと簡単に言えば神の住む世界――(まぎ)れもない前人未踏(ぜんじんみとう)の空間だよ」


「……随分(ずいぶん)と賢そうなことを言うよな」


 宇苑が立ちあがった。夢遊病者のようにゆったりとした動きで。


「大学は……中退したって聞いたけど……?」


「義務教育を終えてないお前が言うか? それと中退ってのは嘘だ。海外の大学に特別編入して延々と勉強してた。パトリック教授と出会ったのも向こうだ。


 探せばあるもんだぜ? 俺みたいな別次元への渡海希望者が集まるコミュニティってのも。もしお前がここから帰れたら、いつかみんなと出会うことになるかもな」


「……それで、渡ってどうする?」


「むかし言っただろ。宝島に行くのは、掘り出した金銀財宝で億万長者になれるからじゃあない。目指すことそれ自体が目的になるんだって。前人未到の世界へ――浪漫(ろまん)しかないだろ?」


「……そうか」


 卓明はいつかの夏の日を思い出していた。人食い徳吉を探す、と兄が言っていた、あの夏の日。


 きっと、それを思い出しているのは卓明だけでは無い――。


(かれ)


 ――巡る記憶の波に足を(すく)われていた時だった。


所斬(きりたまひし)之刀名(たちのなは)謂天之尾羽張(あめのをはばりといひ)


 どこかで――いや。


 幼い頃に間違いなく聞いた言葉だった。


「……おいおい」


亦名(またのなは)


「それはもうブッ壊したって――」


謂伊都之尾羽張(いつのをはばりといふ)!!」


 戸惑う国明の声を打ち砕いたのは、閃光だった。あらゆる波を跳ね返し、故にそのように見えるもの。神に最も近いもの。


 白光が、宇苑の体躯から立ち昇っている。


 卓明の目から見て、先に動いたのは国明だったように思う。彼は()ぐに気付いたのだ。故に、自身の背後に創り出した巨大な二本の腕を打ち合わせようとした。


 その柏手(かしわで)が鳴り響くより先に、鋭い光が宙を裂いた。


 ガン、という硬い音が爆音で響く。


「賢い頭に刻んどけ。神様の力はブッ壊せない」


 宇苑(うえん)は両手で太刀を握っていた。古びた、何度も目にした鉄拵(てつごしら)えの柄が、間違えようもなくそこにある。


()()を解いてくれて助かったよ。……で、何だって? 神様の場所? 頭の痛くなる話の行き着く先がそこか?」


 柄の先から生まれた純白の刃は長く伸び、十メートル近く離れた国明の右耳を半分、斬り裂いていた。半分で済んだのは、国明が柏手から防御に切り替えたからだろう。国明は黒のヴェールで岩の両腕を操り、ガントレット代わりとばかりに自身の両腕に装着した。そして幾重にも重ねられた波行先(なみのゆくさき)と岩盤の両腕を用いて宇苑の刃を受けた。それでも、その(ほとん)どが斬り裂かれている。


「僕の話はもっともっともっと簡単だ。お前を斬る!!」


「カッコいいぜ宇苑。『(ことわり)の守り人』として、お前以上の人間は居ないだろうな」


 家族として鼻が高いよ、と耳から鮮血が噴き出す中で卓明は言った。



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