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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第73話

「おーい、生きてるかー?」


 倒れた尼僧(にそう)へ尋ねて、自分の声が存外に気の抜けたものになっていることに気づいた。どうやら声を張る気力も底を着いたらしい。


 (かたわ)らの尼僧はピクリとも動かない――いや、肩が小さく動いた。うっすらと上下している。白衣で両腕を後ろ手に縛りあげているから、もはや二つの現像術は使えまい。


「生きてろよ。ボスからは『殺していい』って言われてっけど、あたしゃ極力(きょくりょく)殺しはしたくねえ。飯が不味(まず)くなる」


 エゴそのものだ、と思う。自分が罪悪感を背負いたくないという、ただそれだけのもの。相手のことは一切(いっさい)考慮していない――その卑怯(ひきょう)さに自覚はある。だが何が悪いんだ、とふんぞり返ろうとする自分もいる。目的は殺すことではなく無力化なのだから。選べるのなら、可能ならば、その権利は行使したかった。


 源涯(げんがい)はこれからどうなるだろう、と暗い天井を見上げる。


 彼女が協力者・織田国明と共に多くの人々を殺害したのは紛れもない事実だ。法の領域外にある彼女のような存在でも、一応はそれを(さば)く専門の組織がある。少し前に(りょう)と共に戦ったウェンディゴは、希少価値などから今も生かされているそうだが、源涯も同様だろうか? あり得なくはない。村一つを飢饉(ききん)から救ったように――彼女の力は十分に彼女自身を天使へと変化させうる。


 問題は、彼女がそれを望むかだ。何百年も半ば閉じ込められる形で生きてきて、この上誰かのために力を使うことを――利用されることを望むか?


 それは地獄となり得ないか。無論、再び救世(ぐぜ)の意思が芽生えないとも限らないが――。


「ならば僕が貰おうか、晶穂(しょうほ)


 ――その声が聞こえた時。耳に入った時。その刹那(せつな)の時間において、晶穂の頭脳はすべての機能を停止した。


 あり得ない声だったからだ。少なくとも、いま、この場においては。


 幻聴だ、と思った。


「生死問わずなら構わない筈だね? この飾荷ヶ浜での顛末(てんまつ)に関与できなくなればいいわけだから」


 分かるね、と声の主は優しく言った。その時、晶穂の脳内で何かが弾け飛んだ。


「どこだッ!!」


 立ち上がる。気力が底を着いたなどと言っている場合ではない。ぐるりと周囲を見回す。源涯を後ろ手に(かば)いながら。


「お前」


 人影は、海側に居た。数百年もの間、源涯がずっと眺めてきた海食洞の外に繋がる巨大な穴。月の光もない夜の闇、墨色の海の前だ。


 男が立っている。


 膝まで伸びる長いコートを着ていた。革靴とズボンが辛うじて見える。帽子は被っていない。長髪が腰まで伸びている。


 コートの両腕はひらひらと揺れていた。その秘密を晶穂は知っていた。


 この男に両腕は無い。


「おかしいとは思ってた……源涯と織田国明の二人だけで、ここら一帯を皆殺しにするなんざ無理があるって。計画も手段も何もかも出来過ぎてるって。だがそうか、そうかよ……お前が入れ知恵してたってか……!!」


「君は彼らを過小評価している。僕は必要な情報を伝えただけなんだ……それとも、僕を何とか悪者にしたいという気持ちの表れかな?」


 男が歩き始めた。そんなことをする必要は無いのに、一歩ずつ距離を詰めてくる。


「僕の目的は源涯の確保だ。便利だからね、何せ。


 だから晶穂、君には三つの選択肢がある。一つは源涯を諦めてここから引くこと。一つは僕と共にここを出ていくこと。一つは(あらが)って無惨に散ること」


「大事なのが抜けてるぜ。『お前をブチ殺す』だ」


 男は歩みを止めない。ざり、ざりと地面を踏みしめながら向かってくる。


 海風が冷たい。呼吸を阻害するかのように。


「……『便利』って言ったな、今。源涯のことを。人間を」


 晶穂は息を小さく吐いた。錫杖(しゃくじょう)を構える。残った御守をもう片方の手に握る。


「相変わらず自分以外は何もかも道具扱いってか? 母様もそうだったもんな? なぁパトリック」


 名を――父の名を晶穂が口にしても、男は表情一つ所作一つ変えなかった。古いSF映画に登場するアンドロイドのようだ。


 そのアンドロイドの声が。


「昔、言わなかったかな」


 顔のすぐ後ろで聞こえた。


「やめなさい。ミナミのことを役割で呼ぶのは」


 晶穂は全力で後方へ錫杖を振るった。つい一秒前まで前方にいた男。だが今は背後に居る男。


 『瞬間移動』――自分も他者も関係なく、瞬間的に緯度経度高度を塗り替える特異能力。その人類唯一の力を持つ男こそパトリック・L・ライコだった。晶穂にとって幸運だったのは、それが既知の情報だったこと。不幸だったのは。


「ここで殺――!」


「いいのかな? 折角助けたのに」


 ――晶穂の全身は硬直した。


 渚那奈が居た。すぐ後方に。晶穂とパトリックの間に割って入るように。


「え?」


 那奈が驚愕の声を漏らしている。




 ――こいつ、あたしがここに来た時から!!




「見ていたよ。素晴らしいヒーローだった」


 パトリックが笑った。不幸だったのは、父にあたるこの男が晶穂の動向を監視していたこと。そして晶穂を理解していたことだ。


 晶穂は振り抜きかけた錫杖を引っ込め、そのまま那奈の体躯を()(さら)った。勢いそのまま後方へ跳ぶ。


 一瞬の二者択一だった。


 晶穂が錫杖を振り抜けば、或いは那奈を巻き添えにパトリックを砕くことが出来たかも知れない。だがそれは選択できない。故に跳んだ。源涯からも離れる形で。


 結果。


「それでいい。それでは源涯清醒(しょうせい)を貰っていくよ」


「待てッ、待てッパトリ――!」


 言葉の前にパトリックの姿は消えた。地に倒れていた源涯の姿も共にだ。彼女の腕を縛り上げていた白衣だけがパサリと大地に落ちる。


 消えたのだ。パトリックと源涯、二人の姿が。物理的に。


「――……ッッッ!!」


 歯軋りをしながら着地する。渚那奈は突然の事態に未だ目を白黒させていた。だから歯が砕けそうな程に噛み合わせていた両顎から、晶穂は数秒後、ゆっくりと力を抜いた。


 壁の端で篝火(かがりび)が燃えている。


「那奈、落ち着いて聞け。お前がどこに居たかは知らねえが、ここは海岸沿いの洞窟の中だ。ここに危険はない。ひとまずな」


 こくこくと那奈が頷く。その様子が――別れる前の少女と比べると妙に滑稽(こっけい)に思えて――晶穂は自然と笑っていた。


「何が何だか分からねえだろうが……まぁ、何だ。無事に再会出来て良かった」


「……そう。そうですね。会えて良かったです。言いたいことがあって」


 何だ、と尋ねながら少女を地面に下ろす。


 那奈はじっと、真正面から晶穂の目を見て、言った。


「わたし、出来る限りのことをしてきました。……あなたは?」


 (しば)し、晶穂はぽかんと口を開けて那奈を見つめ返した。少女は目を逸らさない。逸らすことが何か酷く(しゃく)(さわ)る……とでも言うように。


 だから。


「生意気で何よりだ。お互い……よくやったのかもな」


 そう言って、晶穂は息を吐き出した。


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