表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
203/212

ホロウ - 第71話

   ●




「暗闇の中で船を見た」


 合掌(がっしょう)と共に源涯(げんがい)は言った。前方には金色の髪と白い上衣、そして肌と骨と肉と血が混じり合った醜悪(しゅうあく)な物体がある。


 先ほどまで人間の形をしていたものだ。源涯(げんがい)の呪文により、今はもうビクビクと痙攣(けいれん)するだけの存在へと変じた。釣り上げられたばかりの魚のように。


此処(ここ)辿(たど)り着いた時だ。暗い船の中で、私は『海岸に辿り着いている私の船』を見た」


 理由を問うた女に、もう言葉など聞こえていないだろう。それでも続ける。(しかばね)に向けて話す、と告げた以上は。


「私はそこで、無自覚に己が力を行使したのだろう。やがて波の音に騒がしい男共の声が混じった。


 次に、船が大きく揺れた。茫漠(ぼうばく)たる意識の中、私を乗せる船が岸辺に辿り着いたことを(さと)った。やがて木板がこじ開けられ、私は一人の男に船外へと連れ出された。


 綿船(わたふね)(やしろ)で長を務めている男だった。奴は私を社の奥へ連れて行き――その道中、私は()が村人らに()われている姿を見た」


 源涯(げんがい)は目を閉じた。古く、(おぼろ)げな記憶だ。それでも思い出せる。男は(あせ)っていた。血眼(ちまなこ)の村人たちから、浜辺から、少しでも早く遠ざかろうとした。


 男の名は清一といった。


「私は社の下に広がっていたこの洞に(かくま)われ、やがて私の能力に気づいたあの男に()われ、(かて)を与えた。助けられた命の恩に(むく)いようと。飢饉(ききん)の最中にあった村は持ち直し、私は与え続けながら……この洞にて祈りを続けた。西方へ向かうことは叶わなんだが、さりとて祈るには我が身一つあればよい。


 時が過ぎ、私は男と愛し合うようになった。子も産んだ。育てることは叶わなんだが、村に引き取られていったと聞く。その頃だ。男が私に永遠を乞い始めたのは」


「身勝手な野郎だな」


 声が聞こえて、源涯は(しばら)く停止した。まさしく『停止』が正しい。


(さっ)するに『若さを保ったままで居て欲しい』みたいなことだろ? で、あんたにはそれが可能だった。結果、()れた弱みで受け入れちまったわけだ。べらぼうな時間を祈り続ける、ってのも仏教じゃよくある話だしな。弥勒菩薩(みろくぼさつ)とかその類だった気がするぜ」


何故(なにゆえ)……死なぬ」


 ようやく発した言葉は、実に馬鹿馬鹿しいものだった。相手が正直に答えるとは思えないし、本心から知りたい疑問でもない。


 動揺(どうよう)だ。絶対であるはずの――生き物なら死して(しか)るべき術法が不発に終わった。その動揺だけが胸中を占めている。


「人間では……生物では無いのか、小娘」


「アホ言え、バリバリ生き物だっての。ただ運よく耐える手段があったってだけでな。境界の恣意化(しいか)――あたしは『自分』と『自分で無いモノ』の(さかい)を選択できる。まぁつい十時間前くらいに会得(えとく)したばっかなんだが」


 タイミングが悪かったな、と相手は言った。しかし、違う。時機(じき)の問題では無い。


 源涯(げんがい)は悟った。目の前の相手はやはり――あの男の言った――(ことわり)()(びと)なのだ。


「おかげで色々と確認できた。あんたの特異能力は……創造、複製……いや違うな。


 現像――そうだ、この言葉がしっくりくる。あんたは『自分が()た像を現実に出来る』」


 正面。前方。金色の髪の女は、地に手をついてゆっくりと立ち上がっている。(そば)篝火(かがりび)は女の影を()らめかせるが、その表情を照らすまでには至らない。


 血と、臓物(ぞうぶつ)と、無数の骨の海から立ち上がるその姿は、死者よりも(はる)かにおぞましい。


「この地域に辿り着いたあんたが見た『自分の船』についてはよく分からんが、予知夢か何かだったんじゃねえか。あんたはその『()たもの』を『実体化』した。結果、『村人に食われた源涯(げんがい)清醒(しょうせい)』と、『(かくま)われた源涯清醒』という二つの矛盾する事実、そして伝承が生まれた。


 ()た像を(あらわ)す――『自分はそれを見ている』と脳を(だま)せる限りにおいて、あんたは何でも実体化出来る。村一つ飢饉(ききん)から救うくらい簡単だっただろうよ。永遠に生き続けることも出来る。鏡にでも水にでも自分を映して、それを延々と現し続けりゃいいんだから。


 同じことを、あんたはあたしにも実行した」


 そうだ、と言い返せる程の余裕は無い。汚臭(おしゅう)(ただよ)う血の海から、いつ相手が距離を詰めて来てもおかしくはない。


「物質の位置を指し示す場合、主軸になる要素は緯度、経度、高度の三つ。あんたはこの三つのパラメータを数センチ程度ズラしつつ『あたし』を現像した。こうすると、脳や心臓を始めとするすべての臓器が増殖(ぞうしょく)することになる。当然、まともな生き物なら間違いなく全臓器が混乱して死ぬ。まさに()()だな。


 さて、あたしがここに来て受けた最初の攻撃は岩盤の現像だったな? 巨人でも殺せなかった人間に対して随分(ずいぶん)呑気(のんき)なもんだ。察するに、あの術は無駄撃ちの出来ない奥の手……あんたの体力を大いに消費するか、実行難度が桁違(けたちが)いに高い代物と見た。見慣れたものならまだしも、いま会ったばかりの人間を好き勝手に現像する――んなことそう簡単には出来ねーはずだ。呪文はそれを無理矢理行うためのもんかね。本来行うべき手順――自分が何かを『()ている』と脳を(だま)すプロセス、それを簡略化するためのショートカット……」


 源涯(げんがい)は思い至っていた。眼前の除霊師が朗朗(ろうろう)と考えを述べ続ける理由。それは傲慢(ごうまん)でも、交渉でもない。


 脅迫(きょうはく)だ。


 『何をしてもお前は勝てない』――そういう類の警告。


「もう一度聞く。どうしてあんたは『そう』なった?」


 ――除霊師が大地を踏みしめた。視線を源涯に向けた。真っ直ぐで青い眼を。


 その右眼からは、一筋の赤い血が流れていた。




 ――本当に脅迫か?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ