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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
202/212

ホロウ - 第70話

   ●




綿舩(わたふね)神社には代々、長男にだけ語り継がれる秘密があるの」


 オーロラが空に輝いている。


 磐鷲(ばんしゅう)は流氷の上に立っていた。


「社の奥には隠し階段があって、その先は地下洞に通じていて……その奥に、一人の尼僧(にそう)(かくま)われている」


 周囲を見回した。


 水平線が見える。真っ黒な海が延々(えんえん)と続いていて、無数の平らな氷が浮かんでいる。それらは全て数歩分ほどの大きさしかない。だが、空に輝くオーロラが全てに映り込んでいた。


 (さび)しく、(つめ)たく――しかし美しい光景だった。


「長男である継一にも秘密は受け継がれた。……ただ、時代というものかしら。あの子は次の秘密の受け手である国明と同時に、私にも秘密を伝えたの。『この伝統に区切りをつけるにはどうしたらいいか』――一緒(いっしょ)に考えてくれないか、って。


 初めて源涯(げんがい)清醒(せいしょう)に会った時は本当に驚いたわ。高野山の空海上人(しょうにん)にも似たような言い伝えはあるけれど、伝説の生き証人を目の当たりにすることなんて、私たちにだってそうそうあることじゃないものね」


「……あなたは五年ほど前から認知症に(かか)り、まともな意思疎通(そつう)が出来ないと聞いていました」


 磐鷲(ばんしゅう)は隣の氷上に立つ知己(ちき)へと言った。


 彼女――織田ナヲ子は笑った。


「そう、五年も()ったのね。現状は把握しているけれど、言葉に出すと……とても重いわ」


 視線を足元に向けてみる。


 氷の底、うっすらと見えるものがある。白目を()いたナヲ子が片腕を(かか)げ、その指先から白い糸が放たれた瞬間。その一瞬を切り取った映像だ。


「五年前――私と国ちゃんが源涯(げんがい)清醒(せいしょう)に会って(しばら)く経った頃、黒い怪異が街で(うわさ)されてた。心配性な人が何人か相談しに来てね。御守を作って渡してあげたりもした。全く気付いてなかったの。それが源涯と、国ちゃんによって生み出されていたなんて。


 あの日、私はお仕事で夜遅くに帰ってきて……継一が源涯(げんがい)のところへ向かったことを知った。あの子は私たちのような能力こそ無かったけれど、人を観察することには長けていたのね。だから、国ちゃんと源涯に違和感を覚えた。私が継一の後を追って地下洞に入った時には……」


「……息子さんは命を落としていた。そしてあなたは源涯と交戦し、黒に――いまこの街を(おお)っている(から)と同等のものに封じ込められた」


「まともに破壊できるものでは無かった。だけど、あの黒だけは破壊しなければならないと思ったの。何が何でも……って」


 恐らく本能的なものだろう、と磐鷲(ばんしゅう)は予想した。自分よりも(はる)かな時間、遥かな機会を除霊師として過ごしたナヲ子ならば、放置した黒球によって生み出される事象――『理縮』の危険性を感じ取れたハズだ。


「私は文字通りすべてを投げ打ち『門』をこじ開けた。結果として黒の破壊には成功したけれど、私の脳はダメージを負った。いえ、私という存在の大部分が『ここ』に取り残されたと言うべきかしら。欠損した私がその後どうなったかは、あなたの方が詳しいわね」


「……『ここ』は何なのでしょう。どういう空間なのでしょう」


 疑問を口にする。ただ実のところ、その答えは聞かなくても知っていた。理解していた、と言ってもいい。


 きっと、ナヲ子もそれを見透(みす)かしていた。それでも彼女は(こた)えた。主観的な認識だけでは納得に(いた)れない、磐鷲という人間の面倒さを知っていたからだろう。


「大きな力を持つ者が近づいてしまう場所。開いてはいけない『門』の先にある境地(きょうち)。私たちの世界と神や魔物の世界との狭間(はざま)。種としての限界を超えた者が辿り着く極地(きょくち)……きっと、この世のどこにもない空間」


 迂遠(うえん)な言い回しだ。きっとナヲ子もまた、己の主観的な認識を言葉として表現している。そしてそれは、磐鷲の認識とほぼ等しい。


 少なくとも四次元以上の空間だろう、と磐鷲は思う。時間という概念がパラメータとして認識され、不可逆に流れない。三次元世界から見れば無限に近しいエネルギーを保有している形而上(けいじじょう)の空間。


「ねえ、磐鷲(ばんしゅう)くん。結局、あの黒は何なのかしら」


 ふと、ナヲ子がそうこぼした。それだけで彼女の疑問の詳細が手に取るように分かった。


 カイ・ウカイを(かたど)り、ナヲ子を閉じ込め、飾荷ヶ浜(しょくにがはま)全域を(おお)った漆黒の『殻』。その正体は、一体何なのか。


 仕方のないことだ、と磐鷲は胸中で呟く。これは下手をすれば利用している源涯(げんがい)ですら説明できないかも知れない。


「……蜃気楼(しんきろう)、に似た事象だと考えています。(ただ)し、光の屈折によるものではない。『時空の屈折』によって起きる自然事象――時空蜃気楼とでも呼ぶべきものだ」


「蜃気楼……」


「端的に言えば『別の時間・別の場所の光景を映す鏡』が発生しているのです。空間の揺らぎと言ってもいい。


 例えば晴れた日の昼間。海を見ると、通常なら青空と青い海が目に入る。しかし時空蜃気楼(しんきろう)が発生すると、そこには真夜中の大地が映し出される。結果、青一面の光景に漆黒(しっこく)が紛れ込む」


 この地に伝わる『夜に海を見るな』という言い伝えの発端でしょう、と磐鷲(ばんしゅう)は続けた。何らかの条件が整うと発生する自然現象――その発生パターンには、別時間の自分自身の姿が映し出されるケースがあるのだ。磐鷲や栄二が遭遇(そうぐう)したものである。


 『飾荷ヶ浜(しょくにがはま)』。それは元々、『触爾(しょくに)』――(なんじ)に触れるという意味で名づけられたのではないか。


「つまり、あの黒は破壊できるものではない?」


「破壊と呼ぶべきかどうかは難しいですが、自然現象である以上、消滅させることは可能な筈です。事実、ナヲ子さん……あなたはアレを打ち破っている。


 ただ、この地方一帯が時空蜃気楼に包まれて、既にそれなりの時間が経過している。こうなると時空蜃気楼の内外で大幅な時空間のズレが発生しているでしょう。この状況での破壊は自殺行為だ。実行すると間違いなく理縮が発生し、飾荷ヶ浜全域が消し飛ぶ」


「……内側からも外側からも破壊は出来ない。もう飾荷ヶ浜に居る全員が死ぬしかないということね。ならば、あなたはどうしてここに――門の向こうへやってきたの?」


 問いかけられても、磐鷲(ばんしゅう)には解を導き出せなかった。


 元々、狙ってやってきた場所ではない。あの瞬間――ナヲ子と互いの能力を向け合った時、磐鷲の頭を(よぎ)ったのは逆転への道筋だった。


「私はただ、自分の能力をあなたと同じ形で使えないかと考えただけなのです。糸と髪……これらは呪術的にかなり近しい性質を持っている」


「だから自分でも他者を……私を操れるんじゃないかと思ったのね。そしてそれを望む意志が、能力拡大のために『門』を開かせた。だけど、あなたの狙いが実現したとして――この街を包む脅威(きょうい)が消え去るわけではない。ただ障害が一つ消え去るだけ……磐鷲くん、あなたはそう考えてる」


 ナヲ子が溜息(ためいき)をつくと、それは一瞬白くなった。思えば、ここは寒いのかも知れない。何せ氷河に立っているのだ。


 ここに、いつまでも、居続けること。考えるだけで凍えそうだ。


「違うわ、磐鷲(ばんしゅう)くん。あなたはみんなを守ることが出来る。源涯(げんがい)と国ちゃんのことは、きっとあなたの弟子たちが何とかする。だからあなたは守ることだけを考えればいい」


 磐鷲は小さく笑った。


 無茶を言うものだ、と思う。そう言えばこういう人だった、とも思う。だが、正しい。


「『四方四季(しほうしき)』をこの街全域に張り巡らせます。あなたを経由してイトヒキの人々に私の力を巡らせ、更に彼らの生命力も限界まで借り受け、超極大の球を創り上げる。そのバリアが理縮に耐えうるかは……やってみないと分かりませんな」


「きっと成し遂げるわ。でもごめんなさい。実は私、あなたのそういうところ、苦手なの。赤の他人のために自分を捨てて『門』を開く……とても立派なことだけれど、それは家族を(ないがし)ろにすることと同じ。子供達にはそういう風に育って欲しくなくて……国ちゃんや卓ちゃん、宇苑(うえん)ちゃんにも、そうならないように言い聞かせてた」


「光栄なことです」


 右腕を天へ向ける。極光(オーロラ)を指すように。


 気づけば、手の中に感触があった。ここに来る際に失った自動拳銃、M&P。彼と共に多くの怪異を(ほふ)った――いや。


 多くの人々を守ってきた相棒。


「あなたが何と言おうと。家族に何と言われようと」


 磐鷲(ばんしゅう)は引き金を引いた。弾丸が一条の黒い光となり、全天を撃ち抜く。


 刹那(せつな)


「これ以上に有意義な力の使い道を、私は知らない」


 見渡す限りに広がる無数の流氷の数々へ、漆黒の稲妻(いなづま)が降り注いだ。




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