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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第69話

   ●




 何度目になるか分からない挑戦が失敗したと同時に、磐鷲(ばんしゅう)体躯(たいく)は大地に叩きつけられていた。


 痛みを感じる間もなく風を感じて、両腕で軽く跳びあがる。後退の直後、荒々しい蹴りが空を切った。


 体勢を整え、構える。前方正面には枯れ木を思わせる巫女装束(しょうぞく)の老婆。その斜め前には中年の女性。どちらも白目を()いたまま、しかしハッキリと磐鷲(ばんしゅう)を敵と認識しているようだ。


 誤解にも程がある、と磐鷲は舌打ちした。


 いま本当に危険なのは、この地域一帯を滅ぼすであろう『理縮』だ。それを止めねば生き残った人々も形を残さずこの世から消えてしまうし、自分も例外ではない。ナヲ子もそれを止めるべく動いている。だが認知機能の低下によって彼女は敵味方の判別がつかない。


 ナヲ子と、彼女が操るイトヒキらとの闘いは、全くもって無駄そのものと言わざるを得ない。




 ――いっそ撤退(てったい)するか?




 考えた瞬間、後方の(しげ)みから悲鳴が聞こえた。次いで、何かが地を滑るザザザという音。瞬時に視線を送ると、頭から血を流している栄二の姿が見えた。


 見えた瞬間に、また風を切る音がした。右腕で応じる。


 中年女性――栄二の妻・朋美による遠慮(えんりょ)の無い上段蹴りをいなしたところで、正面から親指が向かってきた。目潰(めつぶ)しだろう。()()って避けるが、直後に足払いを掛けられる。これは避けられない。受け身を取ってすぐに立ち上がろうとするが、そこを思い切り蹴り上げられた。サッカーボールを蹴り飛ばすような美しいフォームだったが、それを()り出した朋美の足はパンパンに(ふく)れ上がっている。今のナヲ子がイトヒキ側の身体負荷など考慮(こうりょ)できる(はず)もない。


「ともみ……!」




 ――くそっ泣いてくれるな……!




 腹部をおさえつつ何とか立ち上がる。足音が四方八方からした。近くにいた他のイトヒキたちもこちらに来たのだろう。もう一度視線を()ると、栄二は大地に転がり、頭から口から両目から血や涙を流している。アレではもう撤退も出来ない。


 栄二を放り出して逃げるという選択肢は無かった。


 かと言ってイトヒキらの援護攻撃を()(くぐ)りつつナヲ子と殴り合うのも分が悪い。彼女は事前に想定していた以上の体捌(たいさば)きでこちらの急所を的確につき、攻撃をいなし、投げ飛ばしてくる。


「門……門……」


 ナヲ子はうわ言を繰り返していた。今はその言葉の意味が分かる。飾荷ヶ浜(しょくにがはま)一帯を対価とする理縮、それによって生まれるエネルギーは、パトリック・L・ライコの提唱(ていしょう)した別次元への扉――『門』を開くに十分なものだろう。


 理縮――開門だけはさせてはならない。他の何を犠牲(ぎせい)にしても。


 ならば。


「栄二さん、聞け! 作戦を変更する!」


 決断は迅速(じんそく)()さねばならない。


「ライフルを構えろ! 俺を撃て!」


 標的の三歩以内に、という理想は捨てる。体力の問題も後回しだ。ナヲ子を回復させ、イトヒキらを解放する――それももう(あきら)めるしかない。


「奥の手を使わせていただく!」


 ナヲ子へ怒鳴った。それは磐鷲(ばんしゅう)に必要な儀礼(ぎれい)であり、相手の理解は二の次だった。


 銃声が聞こえる。弾丸――彼の力の欠片(かけら)が宙を()いている。




『呪文を使う敵に会ったら、すぐに逃げろ』




 いつだったか、晶穂(しょうほ)に伝えた言葉を思い出す。今のナヲ子では逆立ちしても呪文は使えまい。(ゆえ)に。


「『四方四季(しほうしき)』」


 この術は破れない――その確信と共に磐鷲(ばんしゅう)は呪文を唱えた。


 弾丸が空で弾ける。


 破裂(はれつ)した無数の欠片がナヲ子と朋美の周囲に散り巡る。それで勝敗は決した。


 (おびただ)しい毛髪が無数の欠片を(つな)ぎ、(またた)く間に出来上がった黒い球体が二人の女性を封じ込めた。周囲からバタバタと人の倒れる音が響く。イトヒキらとナヲ子の繋がりも黒球によって絶たれたのだろう。


「と……ともみ!」


「ご心配なく。奥方は無事です」


 そう言ってから、急激に目の前が白くなった。酸欠だ。地に(ひざ)をつき、何度も何度も大きく息を吸う。


 つい一時間ほど前、小学校で崩落(ほうらく)から身を守るために使った術。磐鷲(ばんしゅう)の奥の手であり、トリガーとして呪文を用いる必要がある封印術。何百重にも編み重ねた毛髪で球状の(かご)を創り上げ、あらゆる衝撃から耐える究極の防壁だ。体術でどうにかなるレベルの代物(しろもの)ではない。


 問題は(いちじる)しく磐鷲の体力を削ること。一日で二度撃ったのは人生で初めてだ。心臓が無軌道に暴れ回っており、頭の(しん)()じれるように痛む。


「――井さん! 碓井(うすい)さん!!」


 ようやく鼓膜(こまく)が音を認識し始めた時、(そば)には栄二がいた。相変わらず血塗(ちまみ)れの顔で、半径二メートル超の黒球と磐鷲を交互に見比べている。


「……失礼。繰り返しますが……奥方は無事です。あの……球の中にいる……」


 想像以上に消耗(しょうもう)は激しかった。まともに作戦行動を継続できる状態ではない。だが、まだだ。源涯(げんがい)清醒(しょうせい)晶穂(しょうほ)が止めるとして、彼女の『協力者』――栄二の(おい)・織田国明に手を打てていない。どこかで宇苑(うえん)が――まさかおめおめと死んではいないだろう――対処している可能性も無くはないが、大怪我を負っている上に頭も悪いあの男に、過度な期待は禁物である。


 (ゆえ)に動かねばならない。動かなければ――磐鷲がこの急場で見捨てた彼らに面目(めんもく)が立たない。


「周囲の……イトヒキとなった方々は……どうです……?」


「う……動きません。みんな、ピクリとも。これはやはり事前の想定通り……?」


「……ナヲ子さんに操られていたところを私の術で強制切断され、脳にダメージを負った……のでしょう」


 自分の無力さに嫌気が差してくる。それでも立たねばならない。一人でも多く救う……それが磐鷲(ばんしゅう)の任務なのだから。


「あと数十秒だけ待ってください。体が動くようになったら、まずは北の病院へ――」


 ――木の(きし)むような音がした。ギシリ、という(いびつ)な音。次いで、カタカタという何か振動するような音。遠くから響いている地鳴りのような音とはまた違う、些細(ささい)で微弱で、しかしあってはならない音。




 ――あり得ない。『四方四季(しほうしき)』は一分の(すき)も乱れもなく展開した!




「栄二さん、改めて確認を……! 周囲の……イトヒキらは――!」


 疑問の答えはすぐに出た。衣擦(きぬず)れの音がしたからだ。周囲から次々と。


 それはナヲ子とイトヒキらが(いま)(つな)がったままであることを意味していた。




 ――あり得ない! 見たこともない封印術を即座に破るなど――!




『実は同じような相談を五年前にも受けることがあって』




 頭の(すみ)に置いていた記憶が、不意に眼前を通り過ぎた。




『母は五年ほど前から認知症に(かか)り』




 卓明の父・継一が夜の海で不審(ふしん)な死を()げた頃。ナヲ子が認知症に(かか)った頃。カイ・ウカイに似た怪異がこの街に現れ、消えた頃。


 すべて五年前だ。




 ――似たものでも、見たことがあれば――。




 磐鷲(ばんしゅう)は今になって遠くを見た。前方、『四方四季』の術で創り上げた黒球の更に向こう。(はる)か先。家々の屋根を超えた真っ暗な天。晶穂(しょうほ)が『殻』と表現した、ドーム状に広がる闇。黒球。


 五年前、もしナヲ子がこの光景を目撃していたら。




 ――織田ナヲ子にとって、不可能ではない――?




「栄二さん! ライフルを渡――!」


 磐鷲(ばんしゅう)が叫んだのと前方の黒球にヒビが走ったのはほぼ同時だった。栄二の片手に握られていたライフルを磐鷲がもぎ取るのと、黒球が木の砕けるような音を立てて弾け飛んだのもほぼ同時だった。


「下が」


 れ、と言いたかった。が、その言葉を(さえぎ)るように、黒球の内側から跳び出た朋美が磐鷲の顔面を蹴り飛ばした。


 やすりのように荒れたコンクリートの上を滑る。顔面の肌が()り切れて肉が(えぐ)れた。かけていたサングラスが割れて破片が目に突き刺さる。


 磐鷲(ばんしゅう)は大地に両腕を突いた。もう動けないと悲鳴を上げる肉体に(かつ)を入れ、無理やりに顔を上げた。


 滑る最中に見てしまったからだ。


「やめろ、もう! 骨折してるだろう!? 歩けなくな――!」


 栄二が朋美の腰に抱き着いていた。懸命(けんめい)に妻を制止していた。血塗(ちまみ)れの顔を更に赤くさせて泣いていた。泣きながらでも止めようと足掻(あが)いていた。




 ――俺が甘ったれてどうする!!




「土の味にも飽きたな」


 吐き捨て、銃口を前方へ。朋美にしがみつく栄二。その先に立つナヲ子が白目のままこちらへ片腕を(かか)げる。視界に一瞬、白い糸が見えた気がした。


 磐鷲は引き金を引いた。弾丸が一筋の尾を引いて糸と衝突する。



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