フラワー - 第7話
「あなたのお話だと、あのトイレに何かするには、噂にある『花子さん』の魔術装置を起動するしかないもの。でも、そうした途端、装置を起動した人は亜空間に取り込まれて――行方不明のあの子はここに叩きつけられて、死ぬ」
「そうだな。おまけに、のんびり考えてる時間も無え。あたしの仮説が正しけりゃ、日本全国のちびっ子が今にも噂に誑かされて魔術装置を起動しちまうかもしれん。そうなると手間だ。
ってわけで、これから検証を開始する」
はい、と私が尋ねるのと、雷瑚が白衣のポケットから小型の宝石箱くらいの物体を取り出すのは、ほぼ同時だった。それから、彼女は実に癖のある声で言った。
「ドローン操縦コントローラ~!」
……私は無言だった。涼ちゃんもだ。小さな秋の風が吹いて、かさかさとKEEPOUTのテープが揺れる。
「おいガキども、楽しい実験の時間だぞ。アゲていけ」
「今の、もしかしてドラえも――」
「実はさっき、校舎の中に小型ドローンを置いておいた。自律飛行が可能な、ガンダムでいうところのミデアみてーな格好の奴だ」
「ねえ、今のドラえも――」
「うるっせえな! 大人しく聞いてろ!」
雷瑚はこちらを振り向き、ラジコンのコントローラーに酷似したそれをぐりぐりと動かし始めた。ぶううん、と、頭上から微かにエンジン音がする。
「検証は単純。ドローンであのトイレのドアを三回小突いて、搭載してるスピーカーから『遊びましょう』の音声を流す。相手が悪霊ならともかく、仕掛けられてるのは『装置』だ。十中八九魔術装置は作動し、女子生徒はあたしの頭上から現れる。それを受け止めりゃ、この事件は解決だ」
「でも、それじゃ」
「ああ、これだけじゃ根本解決にならん。一応、ドローンは遠隔爆破可能な仕様にしてあるが、亜空間にリモート命令が届くとは思えねえし、届いたとしても亜空間を――つまり、あの魔術装置の核たる部分をぶち壊せるかどうかも分からん。これを設置した相手をブチのめすなんざ夢のまた夢だ。とはいえ、まず確認せにゃならんのは、あたしの仮説が正しいかどうか――そして、女子生徒が取り戻せるかどうか、だ」
試してみる価値はある、と彼女は言った。
もし、と私は言った。
「もし、ドローンじゃ魔術装置が作動しなかったら? 或いは――もし、魔術装置を仕掛けた『誰か』が、その邪魔をしたら?」
「あっ、成る程ね! ふっふっふ!」
「えっ、どうしたの涼ちゃん」
シリアスな調子で話していた私の隣で突然笑い始めた涼ちゃんにギョッとしていると、彼女は「そこでわたしの出番ってわけでしょ!」と胸を張った。実にいい笑顔だ。
「つまり、暴力女! あんたはここでスタンバって女の子をキャッチ! で、わたしがあのトイレに行って、『花子さん』が現れて邪魔されないように見張っておく!! っていうか、むしろ出てきてもらった方が楽よね!! だって、『ドローンを壊す』には姿を現すしかないもの! だけど、姿を現したなら、わたしで燃やせる! そう……わたしに、燃やせないものは無し、よ!」
「あー……うん。そうだな。頼むわ」
「じゃ、行ってくる! あんた、しっかりキャッチしなさいよね!!」
お上品なスカートをはためかせて、涼ちゃんはバタバタと走り去って行った。ああ……なんて元気な子だろう。
「……ま、いいか。本音言えば、あいつにはここに残ってもらった方が楽だったんだが」
「どうしてですか?」
「あたしが魔術装置を仕掛ける立場なら、ドローンなんかより、ガキを受け止めようとしてるこっち側を邪魔する。今後、自分の前に現れねえように、種から潰す。……なぁ」
そう思わねえか、と雷瑚は私に尋ねた。
「どうして私に訊くんですか?」
私は微笑んだ。雷瑚は質問には応えず、ドローンの操縦コントローラーとやらをぐりぐり動かしている。どうやら、ドローンにはカメラでも付いているのだろう。コントローラーには液晶画面もくっついていて、小汚い校舎の内部が映っているのが、私からも見えた。
「もう一つ、訊いてもいいですか?」
「今月の課金金額なら応えねえぞ。つい昨日、友達にボロクソにこき下ろされたばっかりだ。暫くガチャ関連の罵声には耳を塞ぐ」
「何言ってるのかよく分からないのでツッコミませんけど……女子生徒は、どうやって受け止めるんですか?」
「女子生徒、ねえ」
「何か?」
「お前のオトモダチじゃなかったのか?」
雷瑚は乾いた笑いを浮かべて私を見つめた。相変わらずの禍々しい雰囲気は、けたたましくも何処か爽やかな、あの小さな霊能力者とは大違いだ。
「ま、いいや。素直に答えてやるよ。
どうやってもクソも、単純さ。落ちてきた子を、この体で受け止める」
「前の子は、大地に強く叩きつけられて死んだんでしょう? あなたのその細い体で、受け止められるんですか?」
「あたしも除霊師の端くれだ。涼程じゃあ無えが、魔術や霊へ対抗する力はある。で、今回はこれだ」
彼女がそう告げた途端だった。
宙空に、パン、と、何かが弾けるような音が響いた。同時に、私は目を見開いていた。
「肉体強化」
雷瑚の体――両足から胴、そして両腕――を、紫光が纏っている。彼女のボリュームある金の髪がふわりと浮き上がり、私の眼から見ても、その体に尋常でない力が漲っていることが分かった。同時に……その紫の輝きが、酷く忌まわしく、禍々しく、冷たく、不吉なものであることも。
「名付けて……カイオウ拳!」
雷瑚はニッと私に笑った。だが、私がぽかんとしているのを見て、どういう意味か分かっていないことに気付いたのだろう。
「女子め。この程度の元ネタが分からんと色々寂しいぞ。主にあたしが……!」
「よ、よく分かりませんけど……それ、大丈夫なんですか?」
笑ってはいるが、紫光を纏う雷瑚の額には、じっとりと脂汗が浮き出ている。どう見てもお気楽なパワーアップ術には見えない。
「大丈夫じゃあ、ねーな。何せ、こりゃ全身にパワーアップアイテムくっつけて、無理やり体の出力上げてるだけだからな。正直しんどいぜ。ってわけで……涼!」
紫光を纏ったまま、雷瑚は頭上へ声を放った。三階のトイレの窓から「何よ!」と涼ちゃんの声が返ってくる。どうやら、現地に到着したらしい。
「始めるぞ! 準備はいいな!」
「ねえ! このラジコン、幾らくらいするの? お高いものじゃないの!?」
「ラジコンじゃねえドローンだ! あとどうせ経費で落ちるから気にすんな! やるぞ!」
雷瑚はそう告げると、右手に持ったコントローラーを何やら操作し、乱雑に地面に放り捨てた。私にはその意味が手に取るように分かった。雷瑚風に言えば『検証開始』だ。脳裏に映像が浮かぶ。プロペラ音とエンジン音を響かせながら、ドローンが三階トイレの宙を飛び、例の扉に三度体当たりをする。そして、上部に装着されたスピーカーから声が発せられるのだ。
あそびましょう。
「そうしましょう」





