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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第61話

   ●




 ここで死ぬのは自分だけなのだと内海多昭(たあき)は悟った。


 体は宙にあった。先程、渚那奈を放り捨てようと壊した壁。自分の体躯(たいく)はそこから大地へ落ちている。


 体当たりをしてきた血塗(ちまみ)れの少年もまた、自分と同じく大地へ吸い寄せられている。だが。




 ――コイツ。コイツ。コイツ、コイツ、コイツコイツコイツコイツコイツ!




 多昭は少年の顔を見上げた。宙空で多昭の首に馬乗りになろうとしている少年――その顔面は血みどろだが、しかし異様な輝きが両眼に灯っている。


 狂気。




 ――俺の首を折るつもりだ!




 背中が凍り付くような寒気が走る。腹の底で胃液が暴れているかのような不快感が四肢(しし)(おか)した。


 少年は手にした古めかしい(さや)をこちらの首元に押し付けようとしている。このまま大地に雪崩(なだ)れ込んだ場合、それがギロチンの役割を果たすことは明白だ。




 ――なんだ、ふざけんなよなんでてめーみてーなガキに! 俺が! てめえに何かしたかよ!?




 スローモーションで世界が動く。真っ黒な空、病院から()れる光、それに照らされる半死半生の少年。だが目の前の、自分を明確に殺すつもりの男は、恐らく死なない。生き延びる。


 そんな直感があった。


 内海多昭は悟ったのだ。少年は生き自分は死ぬという不条理で受け入れがたい直感。確信と言ってもいい。故に。




 ――呪ってやる。




 彼は歯軋(はぎし)りをしながら胸中で呟いた。




 ――許さねえ。絶対に! 馬鹿にしやがって!




 食い縛った奥歯が口の中で音を立てて砕けた。両の眼を限界まで見開き視線で刺し穿(うが)つつもりで少年を見た。




 ――死んだ後でも殺してやる、てめえが生き延びようとその先で殺してやる! 逃がしてたまるか、絶対に呪い殺してやる!! 絶対に――!




「死んだ親父がよく言ってたよ。『新鮮なものは間違いなく美味(うま)い』って」


 不意に。


 どこかで聞いたことのある声がした。


 背中から。


「けどよぉ、親父は知らなかったんだよなぁ。死んだ後でもこんなに美味い(さかな)があるってなぁ!」


 ゲラゲラという笑い声が聞こえた。耳のすぐ傍からだ。


 自分は落ちているのに。


 声が喉元へと(まと)わりついてくる。


「良いツラしてるぜ最ッ高だ! お前、いっつも人の邪魔ばっかりしてたからよぉ! 俺もお前のこと全力で邪魔してやりたかったあ! あああああここまで動き回った甲斐(かい)がああああああ!!」




 ――お前! 一号か!?




 ゲラゲラと悪意が(わら)う。後ろを振り向こうとしても、体は真っ当に動かない。だが多昭には分かった。自らの背に()いている男――どういう理由なのか一切理解できないが、とにかく自分を呪っているらしい男。




 ――てめぇ一号! 一号ッ!! てめぇ、てめぇかよこのガキ連れてきたのも俺がこうなったのも! 全部てめぇのせいか!




「一号なんて名前の奴ァいねえよ。俺は一号なんて名前じゃあねぇ。俺は一号なんて名前じゃあねぇ。おおおおおれはいちごうなんてなあああまえじゃあねええええ」


 首に何かが()いずってくるのを多昭は感じた。ナメクジが粘液(ねんえき)を垂れ流すかのようで、全身が(あわ)立っていく。


「おれはあああいいいいちごうなんてええええええええ」




 ――黙れ! 馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿に! 見てろよてめえ、てめぇみてえなやつにナメられてたまるか!




 ずるずると首元を這う『何か』。それが喉を強く押してくる。後方の声は変声器を無茶苦茶に(いじ)っているかのようにキーが高くなったり低くなったりとグチャグチャに変化している。もはやまともではない。そもそもこの男に呪われる(いわ)れなど全くない。


 こんなことはあり得ない。あり得ていい筈がない。




 ――後悔させてやる! 死んでようが関係ねえ! コケにしやがって、見てろクソが! クソが! てめぇ! 呪ってや――!!




「おおおいおいぃぃぃぃ、ああ相手はおれでおれでいいのかああああ? ああああっちこっちぃぃ目ええ移りしちゃってよおおおお」


 ゴキン、という音が体の内側から響いた。多昭の口は自然と開き、舌が汚らしく口外に押し出た。首を這っていたモノが喉仏を()し潰したのだ。そこで多昭はようやく、自らの背に憑いているモノを視界の端に捉えた。


 その男に首は無かった。


「こんばんはあああ、おれ、おれの名前はやまざき、やまざきやまやまやまやま」




 ――や、まざき――。




「はいじかんぎれェぇぇ。もう呪うじかんないねえええええええへえへえへ」




 ――あ。




 幾重(いくえ)にも響く下品な笑い声をバックに、また骨の折れる音が響いた。








 怨念(おんねん)何処(どこ)へ向かったか。




 それを知るものは、何処にもいない。



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