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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第58話

   ●




「これから……どうなるのでしょう。我々は……」


 真っ暗な地下洞を進む最中、背後で織田栄二が呟くように言った。地下洞は円形に、真っすぐ前方に延びている。今のところ岩盤に突き当たったりということも無い。目的地までは問題なく進めそうだ。


「子供の頃から、(まれ)に考えるんですよ。明日の今頃、来月の今頃、来年の今頃、自分はどうしているだろうか、どこで何をしているだろうか……と」


「不安の表れでしょうな。お気持ちは分かります」


 振り向かずに磐鷲(ばんしゅう)は言った。正直に言うと、話をする余裕など(ほとん)どない。彼は今、自身の能力――毛髪を操る特異能力で(はる)か前方にまで自身の毛髪の一本を伸ばし、道中に化け物がいないか、大地の崩落の予兆が無いかを察知するべく神経を(とが)らせている。彼は数十分前、綿舩(わたふね)神社の方向、つまり飾荷ヶ浜西方へ向けて毛髪を伸ばし続け、それらしい空洞の有無を確認することで源涯(げんがい)清醒(しょうせい)の居場所を突き止めた。それとほぼ同様のことを現在進行形で行っているわけだが、これはこの地下洞に追い込まれてから苦し紛れに編み出したものだ。これが自らへどれだけの負荷をかけるのか、如何(いか)ほどの精度で状況を察知できるのか、いずれも完全に未知数である。


 二手に分かれる前、「あんたらしくねえな」と晶穂(しょうほ)は言っていた。


 自分もそう思う。成功する、と断定出来ない案を自分は提示し、それを実行に移している。


「彼女――雷瑚(らいこ)さんは大丈夫でしょうか。聡明(そうめい)そうな方ではありましたが……」


「『とても源涯(げんがい)清醒を止められるとは思えない』――ですかな」


 先を読んで応えると、栄二は「いえ、そういうわけでは」と言葉を濁した。彼は飾荷ヶ浜における境講(さかいこう)講元(こうもと)ではあるものの、こういった事態にはまるで慣れていない。素人同然だ。ならば不安を口にするのも仕方ないのかも知れない。会話にも体力を使うので、本来であれば黙って進んで欲しいのだが。


「ああ見えて晶穂もプロです。命に換えても私の指示は遂行するでしょう」


 磐鷲は栄二の話に乗ることにした。これで少しでも彼の気が紛れ、本番に集中できるようになるならば、それはそれで意味がある。


「命に換えても……ですか。しかし……」


「しかし?」


「彼女はまだ二十代半ば……辺りですよね。一般企業ならまだまだ新入りの立場でしょう? そんな子に、その」


「織田さん、あなたは二つ勘違いをしています。一つ、晶穂はガキでもペーペーでも無い。二つ、ヤツのそれよりも我々のミッションの方が遥かに高難度だ」


 つまり他人の心配をする猶予(ゆうよ)など我々には無い――磐鷲はそのように話を(まと)めた。これは偽りでも何でもない。事実である。


 二面作戦。


 晶穂のミッションは源涯清醒の無力化。源涯はこの事態を引き起こした張本人であり、野放しにすれば状況は最悪へと転がり落ちていく。故に何が何でも止めねばならない。晶穂には対象の殺害も許可してある。


 磐鷲らのミッションは織田ナヲ子の回復。認知症患者であるナヲ子の脳細胞に磐鷲の力を流し込み、一時的にでも判断力を取り戻させ、ナヲ子自身にイトヒキとなった人々を解放させること。この『ナヲ子自身に』という点が問題だ。イトヒキらは認知症患者であるナヲ子に精神を乗っ取られているような状態なのだから、ナヲ子を力任せに無力化するとイトヒキ全員が脳にダメージを負う可能性がある。それは丁度、作業中のPCを強制シャットダウンするようなものであり、全員が廃人となる可能性も大いにあり得る。これは何としてでも避けなければならない。


 任務内容――飾荷ヶ浜の住民を一人でも多く救うこと。


 障害――多すぎて数えるのも(いや)になる。


「織田さん。ご自身の役割を復唱いただけますか?」


「は、はい。母を――織田ナヲ子を、磐鷲さんからお借りしたこの銃で撃ち抜くこと、です」


「その際の注意事項は?」


「母まで三歩のところまで近づく……でしたか」


「その通り。丁度、今の私とあなたの距離くらいだと覚えておいてください」


 ついでに、磐鷲は栄二に渡したサバイバルライフル・AR-7の安全装置解除や引き金の引き方などを繰り返させた。織田ナヲ子との戦いはほぼ間違いなく死闘になる。彼女は歴戦のコーダーであり、宇苑(うえん)に対人戦闘のイロハを授けた張本人であり――つまり、純粋に強い。ボケていようが体に染み付いた動きは早々消え失せるものではないから、死力を尽くして五分――と考えておくべきである。


 故に、磐鷲はAR-7を栄二に託した。自分は相手の動きを封じることに注力すべきだ。栄二が期待通りに動いてくれるかは……祈る他ない。


「さて。そろそろ出口が近いようです」


 簡単な訓練を施していると、目的の地点まではあっという間だった。前方には海が見え始めている。波の音も。


 崩落した地盤、その断面だ。磐鷲らにとっては洞穴の終わりである。位置的には飾荷ヶ浜の中央から少々東寄り。ここから崖を登り、ボロボロの街跡を走り、織田ナヲ子が鎮座(ちんざ)しているであろう街の北側、血塗(ちまみ)れの駐車場へ向かう。


「街にはイトヒキが闊歩(かっぽ)している可能性があります。極力速やかに移動しましょう」


「はい。……『協力者』については、どうしますか。我々と雷瑚さん、どちらかを邪魔しにくる可能性も」


「あり得るとすれば晶穂の方でしょうな。源涯にとってナヲ子さんは邪魔者ですし、我々の動きを阻害する理由がない」


「では」


「ご安心を。源涯と晶穂は間違いなく戦うことになるでしょうが、それは第三者に干渉できるような類のものでは無い。あなたのお話を聞く限り、『協力者』は特異能力者では無いのでしょう? ならば猶更(なおさら)だ」


「はぁ……いえしかし、万に一つということも」


「随分と晶穂を気にされますな。だが先程も述べた通り、ヤツよりもご自分の身を案じるべきだ」


「あ、はい……申し訳ない。どうもその……考えてしまって」


「何をです」


「娘のことです。流産でしてね。産まれていたら丁度、あの方くらいの年齢になってくれていただろうなと。この状況下で笑えるような凛々(りり)しさは……持ちえなかったかも知れませんが」


 しまった、と磐鷲は思った。この状況で他人の身の上など聞きたくない。ノイズだ。


「当時、妻は泣き(わめ)いて、それから一週間ほど死人のようになりました。何とか立ち直ってくれましたが……二度と子供を望めなくなりまして。……だから何としても、何としても妻だけは……!」


 やめてくれ、と胸中で呟く。やめてくれ。誰だって死にたくないのも死んでほしくないのも同じだ。勝手に語って自分の身の上を明瞭(めいりょう)にしないでくれ。こちとらそれを無視出来る程、まだ人間を辞めちゃあいないんだ――。


「……では奥様と無事に生還した後、晶穂には『ありがとう』と声を掛けてやってください。ヤツにとっては、それが一番の報酬(ほうしゅう)でしょう」


「そうですね……是非、そうさせてください。あ、雷瑚さんと言えば……彼女の御親類の方に学者さんはいらっしゃいますか?」


 ――稲妻に体を撃たれたような、という言葉がある。驚愕(きょうがく)を示す比喩(ひゆ)表現だ。


 その時、磐鷲は正しくそれを体感した。進めていた足と共に息も、思考も止まる程の衝撃。


 遅れて、直感。致命的な過ちを犯した――それが理屈よりも先に、結論として磐鷲の目の前に現れた。


「何故、それを知っている」


「え? ああ、家に本があったんです。何やら難しそうなタイトルで……なんだったかな、エラスティックオブジェクト……?」


「『Elastic Scalability of Objects』」


「そう、それです。著者の名前に『Raiko』とありましてね、外国人にしても珍しい名前だと思っていたのですが、正しくその名前の方とお会いしたものですから……碓井さん?」


 どうされましたか、と栄二が尋ねてくる。具合が悪いのですか、とも。実際、顔色は悪くなっていただろうと思う。全てが最悪の状況に向かいつつある――組み立てた論理がそう声を上げていたから。


「もう一つ、伺いたい」


 足元がぐらついているような錯覚を何とか抑え込みながら、磐鷲は洞穴の終わり、その先に見える真っ黒な海を見つめる。つい一時間程前に見た筈の暗い海は、今や星の無い空と繋がって一枚の幕に見える。(すそ)が長すぎて部屋の内側をだらりと()う、真っ黒な暗幕。触れたらこびりついて来そうな粘性(ねんせい)の闇。


「『夜に海を見るな』――そういう言い伝えがこの地方には伝わっていると聞きました。『見たら』どうなるか、ご存じですか?」


「め……迷信だと思います。多分、ですけど」


「あなたは見たことは無いと?」


「は……い、いえ。その……実は数時間前に気味の悪いものを見た……ような?」


「それはご自分の首でしたか?」


 尋ねると、明らかに栄二は声を失ったようだった。図星だったらしい。それはそうだろう。


 彼が見たのもまさしく、自分の首――蒼い顔をして波間を(ただよ)う自らの首だったのだから。


 もはや、確定だった。


 最悪の事態に転がり落ちていることは、もう疑いようが無い。


「そういうことか、パトリック!」


 気づいた時、彼は大声を上げていた。傍の栄二が驚きと恐怖の入り混じった眼でこちらを見つめている。だがそれを気遣(きづか)えるほどの余力はいよいよ磐鷲から抜け落ちていた。このままではまずい。だからと言って打開策は全く思い浮かばない。


 詰んでいる。織田ナヲ子を止めようと、晶穂が源涯を止めようと、結局のところそれは根本的な解決にはならない。


 最悪のケースは、()れた外部から第二の斥候部隊がやって来ること。この街を覆う広大な闇の殻が砕かれること。そうなれば終わりだ。冗談でもなんでもなく、飾荷ヶ浜が日本地図から消滅することになる。


「あ、あの……いったい、何が?」


「つまり」


 何とか冷静さを取り戻そうとして、磐鷲は敢えてゆっくりと声を出した。それに如何程(いかほど)の効果があるか、(はなは)だ疑問ではあったけれど。


「源涯に協力者が出来たんじゃない。源涯こそが協力者だったのです」




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