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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第50話

「で、崩れた家が多いけど、そうでない家とか、森の中とか……そういうところを片っ端から探し回ってさ。人間大のヤツからもっと小さなヤツ――買い物かごくらいの大きさのものまでを集めて、坂の上から転がした。ちょっと前から不思議に思っててさ、ほら……ペットの犬猫とか野良のハクビシンとか狸とか、この状況になってから全然見ないだろ? で、もしかして人間と同じに、カイ・ウカイに触られた動物も黒い卵になってるんじゃないかって。でも小さい卵は全然(かえ)って無さそうだったのは何でなんだろうな。俺たちが鉢合わせてないだけで、犬型の影とかもいるのかな……」


 とにかくうまくいって良かった――卓明はそう言って、背負っている宇苑(うえん)の重みに汗を流しながら、また笑った。そうじゃないよ、と真由は胸中で呟いた。そうじゃない。やっぱり彼は、肝心なところを話していない。


 出逢(であ)ったばかりの頃、黒い卵に触るな、と卓明は真由に言った。何となく今なら、その意味が分かる。カイ・ウカイに呑み込まれるように、或いは黒い人影がこちらに迫ってくるように――あれらと近しい、或いは同じものであろう卵に触れるということは、卵に呑み込まれるという結果を招くのではないか。


 触ること自体が危険だと言っていたのに、卓明らはその卵をどうやって運んだのか。その重要な顛末(てんまつ)が語られていない。


 不自然な程に。


 言いようの無い不安に押されて、真由は卓明の腕を強く掴んだ。隠さないで説明して、と訴えるように。その時。


 長い袖の下、背中の宇苑を支えるために、背負った彼の腿の下に通している彼の右手が、ちらりと見えた。


 真っ黒だった。


 木炭のように。或いは――真由の両腕のように。




 ――もしかして。




「隠さないで説明してほしい……そんな感じかな。分かった。真由ちゃんにとっても大事な話だもんな」


 驚くべき精度でこちらの考えを読み取り、卓明は少し道の端に寄った。「すぐに戻るので、先頭をお願いします」と後方に伝えた彼は、宇苑を背負ったまま腰を曲げ、老人のような格好になって真由と視線を合わせる。


「あと二つ、さっき分かったことがある。まず、俺たちの体の黒くなった場所……ここはもう、半分は俺たちの体じゃなくなってるってこと。いや……あの黒い怪物たちと同じようなものになってる、って言った方がいいのか」


 そう言って、彼は宇苑を背負ったまま、両の掌を彼女に示してみせた。


 両手共に、真っ黒だ。影が形を持った――そんな表現が頭を過ぎるほどに。


「ほら。真由ちゃんとお揃いだ」


 卓明が笑う。真由は頭が真っ白になった。その時の感情を言葉にするとすれば、呆れとか驚きとか……いや。


 怒り、もあっただろう。


「ここまで真っ黒になってれば、少なくとも黒い卵には触れた。多分、カイ・ウカイとかにも触れる筈だ。ほら、高校跡であいつらワラワラやって来たけど、お互いの距離とか関係なしに詰めてきただろ? 真っ黒な奴ら同士なら、呑んだり呑まれたりは無いんじゃないかって思って試したんだけど、ばっちり正解だった。だから真由ちゃんもいざとなれば卵を持ったり、カイ・ウカイを押したり出来ると思う。ただ逃げるだけじゃなくて、俺たちには対抗手段がある。しっかり覚えておいて。いざという時の為にね」


 卓明が笑う。真由は彼が分からなくなってきた。何が対抗手段だ。


 それはつまり、自分たちが人間ではなくなってきていると、そういうことではないのか。


「……もう一つ。この黒いのは時間と共に体に広がっていくみたいだけど、そもそも何で黒くなるのか。……理屈は分からないけど、突き止められたと思う。これはね、傷のある部分が土に触れることで起こるんだよ」


 思い起こせば――卓明は続ける。自身の顔。真由の腕。それらはカイ・ウカイらから逃れようとしてコケて手を地に着いた時――或いは思い切りぶん投げられて大地を転がった時に大きく広がった。


「で、試してみた。両手に傷をつけて、地面に押し付ける――バイキンが入るのと似た感じなのかな。あっという間にこの通りさ。……だから真由ちゃん、これからは怪我したところを地面に触れさせちゃいけない。これ以上、黒いのを広げないために」




 ――自分は両手を捨てたくせに。




 真由はそう言いたかった。罵倒したかった。声が出るなら(わめ)き散らしたかった。


 余りにも自分勝手だ。


「……そんなに怒らないでくれよ。両手を黒くするのは必要なことだったんだ。事実、俺と一緒に卵を探してくれた人たちも、同じように両手を差し出してくれた。今はこうするしかないから、って。……家族とか、色んなものを守る為にね。


 俺だってそうだ。俺はこれまで、ホント情けないくらい色んな人に守られてきた。だから今度は俺の番なんだ。俺が宇苑兄ィと、真由ちゃんを守る」


 ……真由はゆっくりと、こちらに開かれたままの卓明の両手を掴んだ。そのまま強引に、その両手を下げさせる。


 見るに堪えない。それに嬉しくない。


「……ん? あ、違うよ!? なんかヘンなこと考えてない!? 那奈が大丈夫そうだったから代わりに真由ちゃんを守ろうとか、そういうのじゃないから! 単純に……いや単純にっていうのもヘンな話だけど」


 またも、卓明はこちらの意図を正確に汲み取った。隣で煌々と光を焚いた自動車が、エンジン音と共に闇を進んでいく。その輝きに照らされる卓明の真っ黒な右顔面は、どこか奇妙な光沢を帯びている。


 それが。真由には――。


「俺たちは今日会ったばかりだけど……俺は真由ちゃんには生きて欲しいって思うんだ。一緒に歩いてきて、そう思うようになった。例え辛いことがあっても、怖いことがあっても、何が何でも生きていて欲しい。……何かを失ったとしても、それでも生き延びて欲しい」


 ――ガラス細工のように脆く見えた。




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