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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第44話

   ●




 辿り着いた飾荷ヶ浜小学校は明るかった。光量の話だ。


 理由は単純で、校門、校庭、そして開け放たれた体育館の中へと、前後を交互にして並べられた自動車が一台ずつセットでライトを()けっぱなしにして置かれていたからだ。どうやら相当数の避難民が集まっているらしく、近隣の住宅や隣接している公民館に停めていたものも駆り出して、とにかく光を()いている。それはつまり、ここに居る人々は影の化け物たち――カイ・ウカイや黒い人影の脅威(きょうい)と、その撃退方法を知っているということでもあった。


「どうやら冷静なリーダーが指揮を()っているようだな」


 とは磐鷲(ばんしゅう)の言葉だ。


「そう言えば……ちょっと前にウチに来た人が、ここの先生だった気がします」


「ちょっと前?」


 懐中電灯を持って校門前に門番(よろ)しく立っていた男性二人に「よく頑張ったなアンタら」などと優しい声を掛けられながら校庭に迎えられる最中、卓明は右手で右目の辺りを()いた。やはり感触が無い。


「送った手紙に書いたじゃないですか。海の近くでカイ・ウカイを見て、ウチの神社に相談に来た人たちがいるって」


「……そうだったな。五年前にも似たような怪異を見たという人が居たとも」


「そうそう、そうです。あ、そうだ、五年前は相談に来た人に婆ちゃんが御守を渡してたな……もしかしてあのプー太郎が持ってたのって」


「プー太郎? ああ、君が話していた『君の幼馴染(おさななじみ)と共に居る男』か」


 ついつい言葉が多くなるのを卓明は自覚していた。それを知ってか知らずか、磐鷲は会話に付き合ってくれている。それが有難(ありがた)かった。何せ至る所にブルーシートやマットが()かれた校庭は、お世辞にも明るいとは言えなかったからだ。……こちらは雰囲気の話である。


 恐らく、ここに辿り着いた者は皆、それなりの地獄を見てきたのだろう。校庭には親子連れや子供同士のグループ、主婦仲間と思しきグループ、老人たちがひとまとまりになっているグループなど老若男女様々な人々がいたが、その視線は地面に沈みがちだ。動ける大人たちは、卓明らが入ってきた南の正門や公民館に繋がる東の通用門、そして校舎内部や校庭の西側にある体育館などに出入りしていて慌ただしい。いつ化け物に襲われるか分からない緊張感、いつになったら助けが来るのかという焦燥(しょうそう)感、そして自分たちが何とかしなければという責任感……そういったものを肌で感じる。


 おまけに、どうやら体育館の方は怪我人が優先して運ばれているらしく、少し目を向けた限り、その様は戦争映画で見る野戦病院のような様相を(てい)していた。『自分の近くに人が居る』――詰まる所、小学校に集まった人々に(わず)かな安心をもたらしているのは、たったそれだけだったのかも知れない。


 その意味で、自分は幸運だった、と卓明は思う。


「卓明君、宇苑(うえん)とはここで合流という話だったな? 済まないが校庭を巡ってヤツが居ないが探してみてくれないか」


 ふと、磐鷲が告げた。隣の真由と共に目を向けると、磐鷲はサングラスの位置を人差し指で正しながら「ここの状況を、陣頭指揮を執っている人間にも聞いてみる」と答えた。


「どうも見る限り、この場所は俺たちを襲った白目バーサーカー軍団の襲来を想定しているようには見えない。この場所には近づいてきたことがないのか否かは知らんが、詳しい話を知りたくてな」


「はぁ……けど、知ってどうするんですか?」


「情報は知恵の実だ。状況が分かれば推測が出来る。推測が出来れば対策が出来る。対策が出来れば生存率が上がる。よく覚えておくといい。この俺の金言だ」


 磐鷲はそう言ってニヤリと笑った。その笑顔が冗談か本気なのか判断がつかず、卓明はただ「はぁ」としか言えない。だが、言いたいことは分かる。……ような気がする。


「……いや待て、校庭を巡るよりも前に、まずあそこの体育館で診て貰った方が良いか。どうやら何人かで応急手当をしているようだ。ついでに聞いてきてくれ」


「聞く? 何をです?」


「決まっている。君らの体の黒いものについてだ」


 磐鷲はそこでサッと、周囲のブルーシートやマットの上を見回した。正確には座るなり仰向けになるなりして休んでいる人々の体躯を、だろう。卓明もつられて磐鷲の視線の先を追ってみる。そこで、ようやく気付いた。


「君や真由ちゃんと同じような症状の者が、それなりにいるようだ」


 光に照らされる人々は、当然ながら同時に影を作っている。だから気づきにくかったが、照らされた体育館の中――特に重症患者ばかりを集めたと思しきその場には、裸足の両足が炭のように真っ黒になっている者、(てのひら)や顔面に(すす)のように黒が付着している者が多く居る。


「勿論、俺も確認してみるつもりだ。だがいつ襲撃者たちがやって来るか分からんし、例の奇妙な地形変動のリスクもある。のんびりしているわけにはいかん。だから手分けをする。繰り返すが――」


「状況が分かれば推測が出来る。推測が出来れば対策が出来る……ですね」


 卓明は無理やりに笑ってみせた。それから手を繋いだままの真由に「一緒に来てくれる?」と尋ねる。


 彼女は「勿論(もちろん)」とでも言いたげに(うなづ)き返してくれた。


「……十五分だ。十五分経ったら一度校庭に戻ってくる。君らもそうしてくれ」


 磐鷲は近場に居た男性に声を掛け、校舎の中に入っていった。……どうやらこの避難所を動かしている中心人物は、中に居るらしい。


 それを見届けた後、卓明と真由は体育館へと向かった。道中、「後でお母さんや友達も探そう」と提案してみたが、真由は何も返さなかった。


 ひょっとすると、と卓明は思う。彼女は気づいているのかも知れない。初めて真由と出会った時、彼女の家の前で自分たちを襲った黒い人影。その直前、入り口付近に存在した大きな卵型の闇。


 磐鷲は明言こそしなかったが、それら暗黒の塊と、同じく暗黒を(まと)うカイ・ウカイとの間に関連性を見出さない方が困難だろうと思う。つまり、カイ・ウカイに捕らわれた人間は一時的に卵の中に閉じ込められ、そして黒い人影となる。


 ということは。真由の母親は、もう――。


「――卓明?」



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