ホロウ - 第41話
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「――ったく、次から次へと」
最後の一人が音を立てて地面に伏した後、彼女はそう、吐き捨てるように呟いた。
「何なんだコイツら? ゾンビか? 地獄の定員オーバーか? ……いやどう見ても生きてるよなこいつら」
独り言を述べる彼女の周囲で、群がるように集まって来ていた計六名の男女が、もぞもぞと羽をもがれた蝶のように蠢いている。どうやら立ち上がろうとしているらしい。だが、立てない。既に彼らの足は悉く砕かれた後なのだから。
恐らく、時間にして十数秒ほどだった筈だ。
卓明が言い残した『小学校』へと向かうべくガタガタになった坂道を上っていた彼女――渚那奈は、不意に異様なまでの頭痛と吐き気に見舞われた。そうしてうずくまっていたところを、いま地面でもがいている彼らに襲われたのだ。獣じみた動きで向かってくる彼らには他の化け物を寄せ付けない御守も効かず、とにかく逃げ出そうとした那奈だったが、その背を青紫色の輝きが追い越した。
助けに来たから落ち着け、と相手は言ったのだと思う。だが、それを那奈の脳が認識するよりも前に、その青紫色の輝きは――それは古いアニメで描かれる人魂の色によく似ていた――否、青紫色の輝きを纏った彼女は、瞬く間に迫りくる人々を叩きのめした。更に坂道の上から駆け降りてくる増援数名も、地に倒れるのはあっという間だった。
具体的な攻防は一切分からなかった。目で追えなかった、と言った方が正しい。分かったことは、青紫色の輝きが闇の中を縦横無尽に駆け巡っていたこと、狂人のような襲撃者たちを圧倒し続けたこと、そして恐らくは――それらは彼女が右手に持つ錫杖によって為されたということだ。
闇の中から、しゃんしゃんという錫杖頭の遊環の奏でる音が響いていたから。
「怪我は?」
倒れたままの襲撃者たちを置いて、スタスタと相手はこちらへ歩いてきた。
美しいのにぼさぼさの、腰まで届く金色の髪。
包帯がぐるぐると巻かれた両手。その片方、右手には古めかしい錫杖。
袖の長い白衣の下はホットパンツにノースリーブの紫色のシャツ、足元は白が基調の運動靴。細い腰回りと長い脚はモデルじみた体型だが、それでいて全く色香のようなものを感じないのは、相手の仕草の一つ一つに、どこか男性的な野暮ったさを覚えるためだろうか。
「立てるか?」
彼女はそう言って左手を那奈に差し出した。いつの間にか尻餅をついていた那奈は、暫しの逡巡の後、差し出された手を握る。すると、相手は思った以上の力強さで那奈の体躯を引っ張り上げた。
「あたしゃついさっきここに入ってきたばっかりでな。状況が全くもって分からん。分かる限りでいいから、ここで何が起きたのか教えてくれねーか? ん? 何が起きてるか、って言うべきか?」
「あの」
「おっと、話を聞きながら移動するか。ここに来た時に見たんだけどな、どうも北の方……この坂道の上の方にある病院は無事みたいだぜ。あそこに行けば多少は落ち着いて話も出来るだろ、多分」
「病院? ……いえ、あの、私、小学校に行かなきゃいけないんです。飾荷ヶ浜小学校」
「学校? あそこはやめとけ」
「やめとけ? どうして?」
「あたしが入ってきた場所から、丁度この街が一望出来てな。ちょっちざーっと見てたんだが、お前が言ってる小学校は、確かに建物も敷地も綺麗に残ってたよ。周囲の土地が軒並み陥没してたってのによ。だからなんていうかな、どうにも胡散臭いんだよな。罠っつうか、『どうぞここに逃げ込んでください』っておススメされてるみたいな……ま、それを言えばあっちの病院も同じ感じはするけどな」
ボリボリと彼女は頭を掻いた。金の髪がゆらゆらと揺れ、それでようやく那奈は、眼前の女性の目が青いこと――純粋な日本人ではないのであろうことに気が付く。と言っても言葉遣いは流暢だし、ハーフか何かなのだろう。こんなしなびた過疎地に、錫杖を片手にやってきたハーフの女性……明らかに異質だ。
「あの。あなた、何なんですか」
「ん? ああ悪ぃな、そういやぁ自己紹介がまだだった。安心しろ、怪しいだろうが実際のところ怪しいもんじゃない。
あたしの名前は雷瑚晶穂。この街に起きた異常を確認するために外からやってきた先遣隊さ。と言っても、医者でも災害救助隊でもない。除霊師だ」
「除霊……?」
耳慣れない――そしてどちらかというと常識外れの言葉に、那奈は思わず眉をひそめた。が、そんなことは気にも留めず、といった調子で――。
「そう、除霊師。まぁ退魔師でもエクソシストでもゴーストバスターズでも寺生まれでも好きなように捉えてくれりゃいい。どう思われようと、あたしの役目は変わらん」
「役目?」
「ああ」
――眼前のイレギュラーは、にっと笑った。
「この町の夜をぶっ潰しに来たのさ」





