フラワー - 第4話
――ゴン、という重い音が、炎の轟音、その隙間に響いた。途端、涼ちゃんは思い切り前のめりに倒れ、校舎を喰らい始めた炎は瞬時に消え失せる。思わず涼ちゃんに駆け寄った私は、同時に、背後に立つ一人の女性の存在に気が付いた。
「よりによって、マジでパイロキネシストかよ。ったく危ねーな、先に校舎に入ってたらローストチキン一直線だったじゃねーか」
そう吐き出す彼女は、一言で言うと……ひどく『だらしない』女性だった。
長くて、寝ぐせだらけのボサボサの金の髪。
しわだらけの丈の長い白衣に、ノースリーブのシャツとホットパンツ、素足にサンダル。整った顔立ちだけれど、眠たげな眼をしょぼしょぼさせているのと、如何にもガサツそうにボリボリと髪を掻いているのが、実に残念な印象を受ける。
……いや。それより何より――。
「――っっっっ――」
「! 涼ちゃん、だいじょ――」
「っっったあああい!!! 何よ、何すんのよ! ママにもぶたれたことないのに!!」
「アムロかてめーは。あとその金切り声やめてくれ、頭に響く」
「誰よ! ……えっ、っていうかホントに誰よあんた! マリー、けいさつ呼ぶ!?」
「私の名前、メアリーなんだけど……」
「名乗りなさい! 折角この天に愛された天才まじゅちゅしが、トイレの花子さんごと校舎を丸焼きにしてやるところだったのに!!」
私の密かな呟きなど聞く筈も無く、涼ちゃんはキーキーと甲高い抗議および警戒および怒りの声を上げた。眼前の女性はそれを実に面倒そうに見据え、やがて溜息をつきながら屈んで――私たちと視線の高さを合わせて。
「あたしの名前は、雷瑚晶穂」
つらつらと、素性を述べた。
「お前と似たような立場だよ、青樹まどかの娘・青樹涼。『曰くつき』の事件の調査――それと、その事件に出しゃばって来てるだろうガキの監督もしろってよ。……一応聞くが、母親は同伴か? 違うな?」
「なによ、同業者? おあいにくさま、こんなショボい事件、あんたみたいな暴力女の出る幕なんてゼロよ。覚えてなさい、終わったらあんたをぼーこうざいで訴えてあげるから!!」
「母親は? ど・う・は・ん・か?」
「いたいいたいいたいやめて! わたし一人よ見て分かんないのこのバカ! バーカ!!!」
心底面倒そうにアイアンクローを仕掛けるその女性と、喚きながら抵抗する涼ちゃんを交互に見ながら、私はどうしたものか考えていた。言葉をそのまま信じるならば、どうやら彼女は涼ちゃんと同じ『霊能力者』らしい。そして、同じく『トイレの花子さん』の事件を解決しにやってきた。
……だけど、と私は思う。本当に? それが本当なら、どうして。
どうしてこの人は、こんなに『禍々しい』雰囲気を纏っているんだろう。
「……で、お前は?」
涼ちゃんへのアイアンクローを解除した後、彼女は私へと視線を向けた。名を名乗り、ふーん、と返されながら、私は改めて『雷瑚』と名乗った、その霊能力者を見つめる。
……何度見ても、結果は同じだ。涼ちゃんと違って、この人は……何というか、ひどく冷たい空気を放っている。或いは陰気な。或いは……不浄な。どうしてかは分からないけれど、静かで異様な威圧感が、彼女には在る。
「ま、とにかく、全焼させるのは止めとけ。お前も聞いてるだろ? 行方不明の子が居る。手がかりを見つけるまで、そういう荒事はナシだ」
「ふん、あんたみたいな暴力女の言うことなんて、誰が聞いてあげるもんですか!」
「お前、以前に出張った現場でも同じことしたろ。ここで下手なことすると、母親の資格が剥奪されるぞ」
「えっ」
「っつうか、そもそもお前モグリでやってるだろ? あたしが聞いた限りじゃ、『仕事』を引き受ける資格を持ってるのはお前の母親だけだ。パイロキネシストの娘が居るとは聞いたが、その娘一人で現場対応なんざ、違反もいいとこだぜ」
「えっえっ」
涼ちゃんはパチパチと目を瞬かせた。予想外、という感じだ。
「資格? しかくって、なに?」
「あー……そこからか。分かった、ひとまずその話は後回しだ。要するに」
雷瑚はそう吐き出すと、ボリボリと汚らしく頭を掻いて、ポンポンと涼ちゃんの頭を叩いた。
「ひとまずこの場は共同戦線、ってことだ。あたしはお前の邪魔をするつもりはねえし、むしろ協力する。但し、さっきみたいな無茶苦茶しねえよう、監視と制御はさせてもらう。で、この件が終わったら細かい話をする。いいな? これを飲めるなら、お前の母親にも、この件は『うまく』伝えてやる」
「……どうするの、涼ちゃん」
小声で尋ねると、涼ちゃんはぷう、と頬を膨らませた。しかし、それも少しの間のこと。
「分かったわよ。どうはんを許可してあげる! だけど、変なことしたらすぐにあんたごと燃やしちゃうからね、暴力女!」
「へーへー、光栄でござい。じゃ、あたしも一度、噂になってるっつうトイレを見てみたいんだが、お付き合いいただけますかね、お嬢様?」
「ふん! あんたにどうこう出来るとは思えないけど? わたしにすら燃やせなかったんだし」
「……へぇ」
雷瑚はそう言うと、崩れ焦げた靴箱や木片の跋扈する、ボロボロの戦場跡のようなエントランスへと足を踏み入れていく。私はもう一度、涼ちゃんに尋ねた。いいの、と。
「良くないけど、今はこうするしか無さそうなの! だって、もし、万が一、わたしの知らないところでママに迷惑が掛かったら、それはダメだもん。……まぁ、霊能力者ってのは嘘じゃなさそうだし? おてなみはいけん? してあげようっていう、わたしの広い心に感謝すべきね、あいつ!」
「……本当にあの人、霊能力者なの?」
「それは間違いないわ。雰囲気で分かる」
「雰囲気?」
そう、と、面白くなさそうに言って、涼ちゃんは雷瑚の後ろに続いた。……何だか変なことになってきたけど、私に出来ることは、二人を見守ることくらいだ。
そろそろ、陽が夕に変わる頃合いだった。





