ホロウ - 第29話
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殴りつける。
跳んで、殴りつける。
わらわらと自分に向かってくる黒い人影を、跳躍して、走って、しゃがみこんで、掻い潜って、その度に手にした太刀の柄で殴りつける。
宇苑にとって幸いだったのは、卓明と真由が素直に逃げてくれた点。そして、向かってくる黒い人影たちの動きが軒並みノソノソと鈍い点。お陰で落ち着いて次から次へと人影を殴りつけては殴りつけ、走っては跳んでを繰り返すことが出来た。稀に視界に入り込むカイ・ウカイが厄介だが、近寄られようと殴れば忽ち霧散する。
恐らく捕まったら即死だろう、と宇苑は考えていた。黒い人影たちが伸ばしてくる手に掴まれたら。カイ・ウカイに触れてしまったら。長年の経験から分かる。常世遺物を所有する自分であれば少々結果は異なるかもしれないが、常人であれば間違いなく即死し、恐らくは彼らと同じ漆黒と化す。一殴りで消える脆さが自分たちにとっての救いだ。
「……なんかヘンだな」
走って飛んで殴って逃げてを繰り返して瓦礫の山まで上り詰めてしまってから、ふと宇苑は呟いた。普段ならそんな疑問が湧くことは無い。その前に全てを片付けるから。それに、物事を論理立てて思考することは正直に言って苦手だ。講の中では恐らく――というより間違いなく――頭の悪さは自分がピカ一だろう。
その自分ですら、違和感を覚えずにいられない。
脆く鈍い。「目を逸らさない」という単純な回避方法すら存在する。それを代償としているが故かのように、致死性だけが異様に高い……。
「ていうか、ちょっと待て」
ふと周囲を見回して、数えてみた。自らに近寄ってくる漆黒の人影たち。殴っては消滅させを繰り返してきたそれらの数は……今や二百体以上に膨れ上がっている。
「いや多くない? お前らさっきまでもうちょっと少――」
そこまで口走った時だった。
不意に大地が震えた。
地響きが真っ黒な中空に響き渡り、足元の瓦礫がゴロゴロと校庭を目指して転がり始める。宇苑は舌打ちしながら軽く跳び、着地先に居た人影を二つほど殴り飛ばして霧散させた。だから無事に、比較的安定していそうな鉄骨の上に移ることが出来たのだ。
出来た筈だった。
予想もしていなかった。
足元の更に下、鉄骨の裏側から、真っ黒な腕が彼の両足を掴んでくるなどとは。
げっ、と声を漏らした時にはもう遅かった。地滑りのように瓦礫の山が崩壊していく最中、足元から無数の漆黒が宇苑へ這いずり上がってくる。樹液に群がる虫のように。こうして。
宇苑は暗黒に取り込まれた。





