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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第27話

   ●




 話なら歩きながら、と宇苑は言った。だけど残念ながら、その言葉が果たされることは無かった。


 理由は二つある。一つ、真由の自宅と飾荷ヶ浜高等学校は目と鼻の先の位置関係にあったということ。そしてもう一つ。


 校舎が瓦礫(がれき)の山と化しているのが、遠目からも一目瞭然(りょうぜん)だったこと。


「嘘だろ」


 手を繋いで歩く卓明は、その光景を目に入れてからは何度も小さく呟いていた。嘘だろ。嘘だろ。それを隣で聞くのは、真由にとって決して気持ちのいいものでは無かった。


 だからと言って、彼の手を離す気にはなれない。真由は理解していた。彼が走り出さないこと。走って、大声で瓦礫の山に呼びかけようとしないこと。その最大の理由が、彼の隣にいる自分自身であるということを。


 駆け出すということは真由の手を離すということだ。一人ぼっちの自分を置き去りにするということだ。そんな風に卓明は考えたのだろう。だから彼は駆けださないように、隣の――知り合ったばかりの――女の子に孤独感を与えてしまわないように、必死に自分を律している。


 誰に言われたわけでもなく、真由は自然とそれを理解していた。何故かは分からない。自分自身、ここまで他人の機微(きび)を察せたことは無かったように思う。それでも、卓明の胸中については確信があった。何か理屈を超えた確信があったのだ。


「たっくん」


 崩壊した二つの門柱の間を通り、瓦礫の散らばる校庭に足を踏み入れたところで、宇苑(うえん)が卓明の肩に手を置いた。卓明の足はそこで止まった。


「当てが外れた。別の場所に行こう」


「……まだだれかいるかも」


 飾荷ヶ浜高等学校は三階建ての鉄筋造りで、正面入り口から東西に両腕を伸ばしているシンプルな建物だった。外壁は白で、率直に言って校庭のスケール感と入口の数、そして階層数以外は真由の通う飾荷ヶ浜小学校と然程変わりはない。近くを通りがかる度に、真由もなんとなく「大きくなったらここに通うのかな」と思っていた。


 今や、彼女らの眼前にそんな建物は面影すら無い。前方半分を何かに叩き潰され、建物自体が斜めに崩れ落ちたかのようで、校庭の半分以上が塵や埃と化したコンクリートの破砕跡によって真っ白に塗り替えられている。まるでラインパウダーをぶちまけたようだ、と真由は思った。そして瓦礫と化した校舎は、遠目には小高い丘のように見えたのだけど、近寄ってみるとむき出しになった鉄骨やひん曲がった鉄の棒、木っ端と化した木材などが隙間を残して乱雑に積み上げられていて、とても近寄れるようなものでは無かった。


 動くものも、一つとして無かった。


 そこに踏み出していこうとする卓明の肩を、宇苑はがしりと掴んでいた。


「もう誰も居ない。僕らに出来ることはない」


「でも」


「たっくん」


「でも俺、今朝ここに居たんだ! 昼前まで授業受けてた! 友達も先生も一杯居たんだぞ!」


「卓明」


 宇苑は揺らがなかった。揺らがず、躊躇(ためら)わず、石のように変わらず、同じことを繰り返した。


「僕らに出来ることはない」


 ……遠くで炎の音がしている。何かが弾けるパチパチという音と、巻き上げられて(うな)る風の音。その重なりを、(しばら)く無言で聞いて。


「分かった」


 卓明は深く、大きく息を吐き出した。


「北西に……ちょっと坂を上って、また迂回(うかい)していかなきゃだけど、北西に小学校がある。隣に公民館もあって、広い駐車場もあるんだ。確か津波が来た時の避難場所になってたハズ。あそこなら……」


 真由は思わず、強く卓明の手を握った。驚いた様子で彼はこちらを見返し、それから少し笑った。


「ありがとう。うん。俺の友達も、もしかしたらそっちに避難したのかも。真由ちゃんのお母さんや友達もいるかもね。うん。居るよ。居るに決まってる」


 決まってる、と卓明は繰り返した。真由はそれに何度も頷いた。声が出ないのだから仕草で伝えるしかない。それが、ひどくもどかしい。




「くろいのがくる」




 ――不意に、誰かが言った。あまりに突然で、驚愕に真由は飛び上がりそうになった。


「真由ちゃん?」


「たっくん。ちょっと厄介かも知れない」


 宇苑が言った。鋭い声だった。


「あれ。って……」


 宇苑の視線の先を目で追った真由は、恐らく卓明と同タイミングでそれらを見た。瓦礫の山。崩れ落ちた学び舎で出来た小高い丘。そのあちこちに。


 人影が見える。


「もし……かして、まだ生きてる人が――」


「違う。たっくん、下がって」


 一歩、宇苑が前に出た。彼は半纏(はんてん)の内側、ジーンズのベルトに差し込んでいた太刀をゆっくりと取り出し、卓明と真由の眼前に、踏切の遮断桿のように下ろしてみせる。


「確認。カイ・ウカイを見たらどうする?」


「見たら? 見た場合は……目を逸らさない。逸らしたら一瞬で近くに寄られるから。でも、そもそも見ないように目を瞑るのが一番じゃ――」


「鞘を持っていて。多少の神気を帯びてるから、これでならたっくんでもカイ・ウカイを叩き斬れると思う。近くに寄られたら躊躇(ちゅうちょ)しちゃいけない。いいね?」


 恐らく、卓明は宇苑の言葉の意味を理解できていなかったのだと思う。彼は戸惑った様子で、目の前に差し出されている太刀の鞘を掴む。


 ゴン、という重い音が鳴った。


 鞘を取り去った太刀に、刃は無かった。真由は目を(しばた)かせて何度もそれを見たけれど、事実は変わらない。宇苑が持っている太刀は柄だけであり、刀身が一切無かった。ではどうやって彼は太刀を振るっていたのか。刀身があり、それを鞘に納めていたからこそ振り抜けたのではないのか。中身が空なら、振り抜いた途端、鞘はすっぽ抜けてしまうのではないのか。


 中身が空なのに――。


「分かったらここで待ってて。あまり動かないでくれると助かる」


 そう呟くように言って宇苑が駆け出したのは、瓦礫の丘。彼女は見た。積み上げられた鉄骨と木っ端とコンクリートの破片。その隙間から。


 ぬるり、と染み出るように、真っ黒な人影が一つ、また一つと現れていくところを。


「あれは」


 間違いない、と真由は思った。間違いない。瓦礫の丘に現れ始めた漆黒の人影たち。それはまさしく、真由の家の前で彼女らを襲ったあの影――宇苑に叩き割られた空っぽの人影と同種のものだ。


 それだけではない。

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