フラワー - 第2話
実に機嫌よく彼女は言って、それから、ふ、とキザっぽく笑ってみせた。……どうも途中から言葉を適当に並べている感じがヒシヒシと伝わってくるのだが、私はとりあえずパチパチと手を叩いた。扉は燃え続けている。ゴウゴウと音を立てながら。
「霊能力者……火が出せるの? 超能力者みたい」
「超能力者であり霊能力者でありさいきょーなのよ。……わたしに、燃やせないものは無し、なんだから」
それはさっき聞いた。
「もう分かったでしょ? この場所には除霊に来たの。くにからのおしごと、ってやつよ!」
「おしごと……」
「そ! ややこしいことは省くけど、ここにいわゆる『トイレの花子さん』が居るって話だったから、常勝のまじゅちゅ……まじゅつし! であるわたしが、わざわざ出向いてあげたの! 古い悪霊だって聞いたけど、居場所ごと燃やせば万事解決よね!」
「でも……」
「なに?」
「消えちゃった……みたいだけど……」
恐る恐る言うと、両手を振り上げて炎をブンブン宙で振り回していた彼女は、「は?」と一瞬で笑顔を崩した。私は怯えながら、先ほどまで燃え上がっていた扉を指さした。
扉は。
先ほどまでの炎など嘘であったかのように、平然と小汚い肌を私たちに見せつけていた。
その表面に炎などは一切なく、燃える音は一切聞こえない。焦げ付く臭いも煙も消え、燃やされる前の状態そのままに戻っている。……いや、ここまでくると、さっきまで燃えていたのが、何かの幻だったかのようだ。
「あの……」
私が声を掛けるのと、『涼』と名乗った女の子がつかつかと扉に近づいていったのは、ほぼ同時だった。口を挟めず、眉根を寄せて扉を睨む涼ちゃんを見つめていると、彼女はもう一度、手のひらを天井へ向けた。
火炎球が出来上がる。
涼ちゃんは、それを扉に投げる。
扉はそれを受けて勢いよく燃え上がり――しかし、すぐに鎮火する。
火炎球を創る。扉へ投げる。燃える。鎮火する。火炎球を――。
「りょ、涼ちゃん! ちょっと落ち着こうよ!」
「何で!? 何で燃えないの、この廃屋かぶれ!!」
腕を掴む私の制止を振り払いながら、涼ちゃんは次々と、バンバン火を創っては木製の扉にぶつけた。一方、扉はと言うと「もう効かんぞ」とでも言わんばかりに燃え上がることすらなくなり、火の玉をボールのように跳ね返し始めている。涼ちゃんはあからさまにヤケになっていた。初見の、上品で瀟洒な雰囲気はどこへやら、今やそこに居るのは癇癪を起こして次々と近くのものを相手に投げつける子供以外の何物でも無い。投げつけているのが炎の球、というのは異常だけれど。
「もう!! 何で!! 燃えなくなったのよ、こいつッッッ!!!」
「……わたしに燃やせないものは無し」
「何か言った!?」
「ごめん、何でもない! 何でもないから許して!!」
呟きを聞き逃されず、炎の球をこちらへ投げつけようとする涼ちゃんへ、私は慌てて謝る。大きく肩で息をして、涼ちゃんは私と木の扉を交互に見た後……ぼそりと呟いた。
「……分かったわ」
何か分かったらしい。
「こうなったら!」
「や……やめた方がいいと思うな、私」
嫌な予感がビシビシして、先んじて告げてみる。だけど、もう手遅れだったらしい。
「全焼させてやるんだから」
そう言うと、ふっふっふっ、と、どこか鬼気迫った表情で涼ちゃんは笑った。思わず怯える私の肩を掴み、「いったん外に出るわよ」と告げてトイレの外に私を引っ張り出して――そこでふと、涼ちゃんは私の顔を改めて覗き込んだ。
「そう言えば……あんた、名前なんだっけ?」
「め……メアリーです」
今更かぁ、と、私は胸中で呟いた。





