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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
ホロウ
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ホロウ - 第18話

   ●




「そんなわけで、明後日に肝試しをすることになったのだ」


 夏休みも終わりに近づきつつある頃、国明はそう、原っぱで腕組みをしながら宣言した。(くも)り空で、夏真っ盛りだというのに少し肌寒いような、そんな天気だった。


「きもだめし?」


「そう。ほら、この前話したじゃんか。浜辺の奥まったところに洞窟(どうくつ)があって、その奥に『人食い徳吉』が出るって。それをな、確かめに行くのさ!」


 卓明はちらりと、兄の後方にて、いつもの太い樹の枝で懸垂をしている宇苑(うえん)に目を遣った。


 聞こえているのか、いないのか。宇苑(うえん)はこちらに背中を見せたまま、黙々と懸垂を続けている。


「そう、明後日……丁度この日、婆ちゃんと父ちゃんは仕事で夜遅くまで帰ってこない。だからこう……もう寝ましたよアピールで母ちゃんをかわして、俺たちで洞窟(どうくつ)に突撃するワケだ!」


 その後、友人数名と合流する。洞窟(どうくつ)内では道に迷わないように目印を定間隔で置いていき、時間や体力の限界を迎えそうになったら帰る。『人食い徳吉』を見つけられたら成功、それ以外は失敗というハードな冒険だという。


「でも兄ちゃん、大人のヒトもいないのに洞窟(どうくつ)探検なんて危なすぎるんじゃ」


「たっくん……だから冒険になるのだよ……正直、俺はトクキチだかシャカチキだかなんて見つからなくったっていい。ただこのひと夏で、今しか味わえない貴重なドキドキが味わえればそれでいい……そんな心持ちですよ?」


 卓明には国明の言っている意味が理解できなかった。幼い卓明にとって、兄の言葉はあまりに抽象的で感傷的過ぎた。


「たっくんも行くだろ? なあに、いざという時はこの国兄ィが守ってやるさ。弟を守るのは! 兄貴の役目だ! なんか! そんな感じで!」


「兄ちゃん、『人食い徳吉』って何なの?」


「たっくん? もしかしてキミ、兄ちゃんの話をあんまり聞いてなかったりする?」


 セミがじりじりと鳴いている。だが何故かこの曇り空の下では、その大音量もどこか頼りなさげだ。


「えっとな。つまり――」


 国明はそれから、短い物語を口にした。要約すると、こうだ。


 大昔――おそらくは戦国時代――この飾荷ヶ浜(しょくにがはま)は、致命的な飢饉(ききん)に見舞われた。餓死(がし)者が何人も出た。口から血を流して木の根を(かじ)る者、波のかかる岩肌の苔を食らおうとする者……飾荷ヶ浜(しょくにがはま)は海に面した急勾配の地形ではあったものの、内陸部には畑も作れるし、海に漁に出れば魚や貝が採れる、比較的恵まれた土地だった。それがその年は、大地も海もそっぽを向いたように恵みを村人に施さず、結果、村の中は死屍累々(ししるいるい)惨憺(さんたん)たる有様と化した。


 徳吉とは、この飢饉(ききん)に直面した村人の一人である。朴訥(ぼくとつ)な農民だったそうだ。


 普段は内陸――つまり山側で畑を耕している彼は、その日、この飢饉(ききん)を乗り切るためにどうすればいいかを話し合う村の会合に参加していた。ひもじい体を引きずりつつ、何とか海の近くに建てられた会合所へ(おもむ)いたわけだ。


 その場には、彼の他にも数名の村人が居た。だから、『それ』を見つけたのは徳吉だけでは無かった。


 『それ』とは――端的に言えば、沖合から流れてくる一艘(いっそう)の小さな船のことだ。


 『それ』は彼ら村人にとって、実に奇妙な構造をしていた。


 木造の甲板、その中央には藁葺(わらぶき)の船室がドンと置かれていて、その船室の四方にそれぞれ鳥居が設えられている。船室といっても、扉らしきものはない。甲板上に人の姿はなく、波間からフラフラと、しかし導かれるように、その船は会合所の近くへとやってきて、やがて浜辺に乗り上げた。


 会合所に居た者たちは皆、怪訝(けげん)な表情で船に近づいた。


 ある者が、船室に取り付けられた(ふた)のようなものを見つけた。強引にそれを取り除き、中を覗く。


 女が居た。


 尼僧だ。


 緋色の法衣の上から、両肩を(おお)うように袈裟を着ている。真っ白な尼僧頭巾から覗くその顔はこの世の者ではないかのように白く、かつ美しい。


 息はしていなかった。他に、船室には油が少しと経典が残されている。残念ながら彼らの望んでいた食料は無かった。


 ……いや。


 あった。


 あったのだ。


 正確に言えば、動かない尼僧を見つめていた男たちが、『それ』を食料と見做(みな)した――そう表現するのが正しいだろう。つまり――その日、その会合所へ集まった徳吉を含む数名の村人は、遥か海の向こうから、神仏の導きとも言うべき食料を(たまわ)ったのだ。


 例え人のカタチをしていようと、もう動かないのだから、それを血肉の塊と言っても問題は無い。


 (はず)だ。


 彼らは喰った。血を(すす)った。そして数日分の保存食を作り――肉の一部を塩漬けにすることなど、海の近くに住む彼らにとって造作も無かった――代表者の一人はそれを携え、遠くの町で残り物の法衣を売り払った。


 こうして彼らは一時の飢えをしのいだ。不思議なもので、その(しばら)く後から海で魚も採れるようになり、村は持ち直していった。


 しかし、万事順調だった、とは言い難い。


 例えば、とある村人はある日、樹に自ら頭を打ち付けて死んだ。またある者は崖から身を海に投じた。皆、海からの『神仏の導き』を口にした者たちだ。正気に戻ったと言うべきか、狂気に沈んだと言うべきか――その解釈は人に(ゆだ)ねることとする。


 徳吉の話に戻ろう。結論から言えば、彼もまた、朴訥(ぼくとつ)な農民へは戻れなかった。


 彼は日を追うごとに衰弱していき、目は落ち込み頬は(くぼ)み、口の端からは常に(よだれ)を垂れ流すようになった。瞳は紅く濁り、その様相は鬼のそれに近づいていった。


 やがて、徳吉が餓死(がし)者の肉を食らっている姿が目撃された。村人たちが彼を責め立てると、彼は涙を流して謝ったという。何度も何度も地面に額を擦り付け、ガラガラになった声で謝罪の言葉を叫びながら、彼は浜辺の奥――深く暗い海辺の洞窟(どうくつ)へと消えていった。


 今でも稀に、洞窟(どうくつ)の奥から、徳吉の、謝罪の言葉が響いてくることがあるという。


 これが、『人食い徳吉』――かつてこの地方に実在した、一人の農民の伝承である。


「その徳吉っちゃんを探そうってのが我々探検隊の使命なわけよ」


 話し終わるころには、国明は草原で、涅槃(ねはん)に至る仏陀(ぶっだ)のように寝そべっていた。幼い卓明にはところどころ分からない部分もあったけれど、とにかくまぁ、大変なことがあったのだということはギリギリ理解できた。


「でも兄ちゃん、その人を探して……それで、どうするの?」


「たっくん、それはアレかい? 『もし見つけたとして何か良いことはあるのか』ってことかい?」


 卓明は頷く。国明は大袈裟にため息をついた。「分かってないなぁ」などと言いつつ。


「たっくん! 浪漫という言葉を聞いたことはあるか!?」


「ろまん?」


「そう、浪漫。つまりはそういうことなのだよたっくん。宝島に行くのは、掘り出した金銀財宝で億万長者になれるからじゃあない。そこに財宝があるかもしれんというワクワクが最高のご馳走なワケなのさ! 分かるだろ!?」


「よくわかんない」


「やだ! この子ってばまだ若いのにこんなに冷え切っちゃって! ねぇ宇苑(うえん)くん! どうよ浪漫飛行!」


 宇苑(うえん)は応えなかった。黙々と懸垂を続けている。が、その様に愚痴を漏らすこともなく、国明は引き続き盛大なテンションで続けた。


「まぁそんな感じで、我々探検隊は未知の海岸洞窟(どうくつ)内部へ向かうのだ! で、話戻すけどたっくんも行く? 行かない? 行く?」


「行かない」


「あらやだまぁこの子ってば!」


「だって、きっとお父さんたちに怒られるよ。……お母さんだって、最近なんだか具合悪そうだし」


 国明・卓明の母は、この一年ほど後に病気で亡くなることになる。しかし、この日の幼い兄弟に、そんなことは知る由もない。


「兄ちゃんもやめようよ。浜辺の奥の洞窟(どうくつ)って、すごく入り組んでるって聞くよ。それに、夜に行くんでしょ?」


「お、もしかして気にしてる? 『夜に海を見るな』ってやつ。もうやだなぁたっくん、あんなもん迷信だぜ? 俺なんか部屋から夜通し双眼鏡で海を眺めてたこともあるぞ。でもこの通りだ!」


 マジかぁ、と幼いながら卓明は思った。兄ならやりかねない。


「……ま、でも確かに興味ないのに連れ回すのもアレか。ならそうだなぁ……たっくんには重要任務を任せたい!」


「じゅうようにんむ?」


 うむ、と芝居がかった調子で国明は頷いた。


「もし我々探検隊が戻ってこなかった場合――」








 ――その一週間後の夜。


 意気揚々(ようよう)と出発した国明率いる探検隊は、予定時間になっても帰還しなかった。






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