ホロウ - 第5話
●
碓井磐鷲様。
初めまして。突然お手紙を出してしまいごめんなさい。会ったこともないのにと思いましたが、これ以外に方法がなく、この手紙を書いています。
僕の祖母は地元の境講の講元である織田ナヲ子です。碓井さんとは面識があると聞きました。残念ながら祖母は数年前から痴呆症で、今は除霊師としての活動はとても出来ません。また境講の一員だった父も五年前に亡くなり、僕の住む飾荷ヶ浜の境講はまともに活動できる除霊師が居ないような状況です。父の弟であり、僕の叔父にあたる栄二さんが僕の家に住んでいて、叔父さんも境講の講員ではあるらしいのですが、知識はあるものの叔父さん自身に除霊の力はほとんどないと聞いています。
ですが、最近うちを訪れた人(僕の家は綿舩神社という古い神社です)から「何か変なものを見た」という相談が多く寄せられています。相談によると、それは夕暮れ過ぎに、海に近い道路や浜辺に現れるそうです。真っ黒で、身長は二メートルくらいで、太い柱の上に直径一メートルくらいの球体が載っているような姿なのだそうですが、相談に来た人たちは「まるで異様に頭の大きな人間がじっと自分を見つめているようだ」と言っていました。「一度目を逸らしてもう一度目を遣ると、それが十メートルほど自分に近づいてきていて、本能的に危ないと察して逃げた」と言う人もいました。
実は同じような相談を五年前にも受けることがあって、僕の父はその年の地元のお祭りの日に亡くなったのです。あの日、お祭りの神事を終えた父は海際に何かを見たそうで、「様子を見てくる」と言って夜の海辺に出かけていきました。翌日、父は溺死体で発見されました。警察は事故だと言っていましたが、僕はあの日、父に何かあったのではないかと思っています。父が亡くなってからは黒いものを見る人は急に減っていたのですが、ここ最近また急に相談しにくる人が増えました。今年の地元のお祭りの日は〇月×日で、もう少しです。何かがまた起きるのではないかと不安に感じていますが、前に書いた通り何かが起きても対応できる人が居ないのです。
そこでこのお手紙を書きました。碓井さん、どうかお祭りの日までに一度、僕らの町に来ていただけないでしょうか。古い友人である碓井さんが来てくれれば、祖母も安心してくれるのではないかと思います。もちろん何も起こらないかもしれませんが、何かが起きて後悔するよりはいい、と僕の兄にも言われました。よろしくおねがいします。
追伸――渡辺宇苑さんはお元気でしょうか。十二年前に渡辺さんがうちを訪れたのは、碓井さんの紹介だと祖母から聞いたことがあります。渡辺さんとはあれから一度もお会いできていませんが、僕も兄も、渡辺さんは家族の一員だと思っています。祖母も渡辺さんの顔を見ると嬉しく思うかもしれません(祖母が忘れてしまっていたらごめんなさい)。もし渡辺さんがお元気なら、またいつでもうちに来てくださいと伝えてもらえると嬉しいです。もし渡辺さんが碓井さんと一緒に来てくれたら……という気持ちもありますが、祖母からは「渡辺さんはあれからもずっと修行をしていて日本のどこに居るのか分からないことの方が多いらしい」という話を聞いたことがあるので、難しいのかなと思っています。せめて元気でいてくれたらと思っています。もし渡辺さんに伝えられるなら、伝えていただけると嬉しいです。
それでは。
織田卓明より。





