リメイク - 第18話
「特異能力だ。光を操るんだろ、あんた」
突然の話題転換に面食らっていた天道は、その言葉で真顔になった。錫杖に念じると、それは晶穂の掌からフッと消え失せる。考えるだけで出し入れも自由――つくづく現実離れした得物を手に入れたらしい。
「あたしが以前出逢った呪術師は、肉体を乗り換えることで数百年生きてた。ならあんたはどうか。嵩姉が言った通り人間の寿命はたかだか百数十年が限界だし、まともな方法で1400年も生き延びられる訳が無え。だからあたしなりに納得できる答えを探してみた。その答えがこれだ。
あんたの特異能力が光の操作――自らの肉体も含めて光として扱えると仮定すれば、この場でのすべてに辻褄が合う。周囲の光景の塗り替え、他者の姿への変化、いまあたしの足の下から音もなく抜け出したこと、尋常じゃない長寿の理由、そして……あんたのその子供の姿」
あんたが光を操作できるなら、と晶穂は続けた。
「他人に実体と違う光景や姿を見せることは至極簡単だ。この世の大概の物体はRGBカラーモデルで表現できるからな。
体を光と化せるなら、物理的な束縛なんてあって無いようなもんだろう。そして光を体と化せるなら、老化なんつー生理現象とも無縁だ。太陽光をそのまま肉体の形成に利用し続ければいい。傷や病気の心配もほぼ無いに等しい。仙人は霞を食って生きるもんらしいが、あんたの場合は霞すら食わなくていいわけだ」
ただし、と言葉を繋いで、いつか雨月から聞いた話を思い出す。TV番組を一緒に見ていた時にちらりと聞いた、ちょっとした豆知識程度の科学知識。人生、どこで何がどう活きるか分からないものだ、と胸中で苦笑する。
「惑星間距離の都合上、太陽光が地球に到達するのは発生から約八分後だ。生まれてたったの八分――その若さが、あんたが実体を生み出すにあたってのネックになる。つまり、あんたは子供の姿で居たいわけじゃあない。光の八分を人間のスケールに換算した結果、形成する肉体は自然とその幼い体躯になっちまうんだ。あんたはそれ以上の年齢でこの世に存在できない。仮定に仮定を重ねた話だが、それなりに自信はあるぜ。子供の姿は除霊師にとってメリットが少なすぎるからな」
「女湯に入れるじゃないか」
「子供の体躯は戦いには不都合極まりない。体組織の殆どは未発達、呪術的抵抗力はおろか運動機能も未熟で、もし殴り合いにでも持ち込まれたら蹂躙されて終わりだ。幾ら光になれるっつっても種が割れりゃあ対策は容易だ。今回あんたが使ったような特殊な場所に引きずり込まれて、能力を奪われた上で戦わされることは十二分にあり得る」
晶穂が下らない反論を封じて最後まで話し切ると、天道は静かに息を吐いた。そして、彼はそのまま黙り込む。こうして晶穂が推論を紡いだ意図を考えているのだろう。いや、きっと更にその先、どう返答すべきかを考えているに違いない。
晶穂には自説にそれなりの自信があった。この考えならば、今日この場に天道が敷いた『ルール』の不可思議な仕様すらも説明できる。つまり、あの『ルール』は元々、いま述べたような彼自身の弱点をカバーするために考案された術法なのだと。
仮に晶穂がこの情報を仲間内に漏らせば、どうなるか。
天道という術師の存在。その特異な能力。情報は瞬く間に除霊師界隈に知れ渡るだろう。それは即ち、彼のアキレス腱までもが白日の下に晒されることに等しい。
つまり。
「はっきり言うか? 他言されたくなきゃもっと情報を寄越せ。嫌だろ? 何せ、わざわざ逸れ物になって暗躍してるんだもんな。あんたの目的が何かは知らんが、こんな雑魚除霊師に恩を仇で返されるのは癪だと思うが」
「そう急かさないでおくれよ。全く、当世の除霊師はせっかちなんだから」
観念したように天道が言った。しかし、その表情に呆れや苛立ちは見られない。穏やかで、どこか面白がっているかのような笑顔が浮かんでいる。
「『天邪鬼』。それがあの空間仙術の名前だ」
「ん?」
「名付け親は勿論僕だ。考案したのが僕なんだからね。いい名前だろ? そしてキミの要求に応えてあげよう。先駆者として、キミのさっきの一撃――錫杖から放つ赤雷にも名を与えるよ。そうだな……」
「おい待て、そんなもんマジで要らねえ。それより」
「『天狛狗』ってのはどうかな? 天狗と狛犬を掛けてみたんだ。どう、洒落てない?」
にこにこと笑う天道。晶穂は眉をしかめた。まさか、こんなしょうもないものを与えてトンズラするつもりだろうか? 実際問題、そうされたら晶穂に彼を追う力は無いのだ。泣き寝入りするしかない。
だが。
「名前は大事なものだよ、雷瑚晶穂。呪いの対象になることもあるけど、祝福の対象にだってなり得る。契約書だって名前が無いと無効だしね。ああ、そう言えば――」
天道は右手を広げて晶穂に向けた。落ち着いて、とでも言いたげに。
「――今日、僕とキミは契約をしたよね。だけど知ってるかな。契約というのはそれを交わした二者だけで成り立つものじゃない。必ずそれを認める『第三者』が必要になる。それを守った場合、破った場合――それぞれにおける措置を保証し、強制できる第三者の存在がね」
さて、と天道は言った。
「僕とキミが交わした契約――いや、霊的干渉力を持つ者たちの間で取り決められる契約を保証している『第三者』とは、一体何なんだろう?」
「……何だって?」
そう思わず呟いた時には、もう遅かった。パーカーを着た真っ黒な髪の少年の姿は一瞬で淡くなり、制止する間もなく晶穂の前から消え失せた。そして……粉塵が消え、古びた山中の広場がその姿を表す中、晶穂は独り立ち尽くすことになる。
多少、混乱していた。彼女が欲しかった情報と、天道が言い残した言葉。それを結びつけることは中々に困難に思える。少なくとも、晶穂が推測した天道の特異能力よりも説得力に欠けることしか思いつかない。
「つまり」
後方から嵩の声がする。晶穂の背中を見つけたらしい。それを受けながら、彼女は独り、呟いた。
「……この世には神が居て――」
『そう遠くない未来、世は滅びますので』
「――この世を滅ぼそうとしてる……?」
晶穂は静かに掌を見つめた。
しゃん、という錫杖の音が響いた気がした。





