リメイク - 第17話
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「やれやれ、思った以上に凶暴な遺物だ。雷瑚晶穂以外には毒にしかならないに違いない」
「何が凶暴だって?」
「わぁ」
独り言と共にこそこそと地面を這っていた天道の首根っこ――正確には彼が来ているパーカーのフード部分を掴み、晶穂は彼の体躯を思い切り踏みつけた。空いた片腕からは天狗の錫杖を取り出し、天道の後頭部に石突を突きつける。
「よう、この度はご教授いただき誠にありがとうございました。だがやるだけやって何も言わず消えようってーのは、ちょっくら自分勝手が過ぎねえか?」
焼け爛れた両手の甲、軋む全身の骨、手酷く攣った時が如く肉の内側が爆発するような痛みの走る両足。これだけの満身創痍だ、病院送りは間違いないだろう。
「ま、あたしの怪我については授業料、或いは試験代ってことで片付けるとしてだ。必要だったんだろうとはいえ、勝手に嵩姉を巻き込んだのはいただけねえな? 最終試験であたしがミスってたらアレ、嵩姉も死んでただろ?」
「それはそうだろうね。ところでキミ、よく僕を見つけられたね」
「数少ない特技の一つでな。あたしゃ他人より鼻が利くのさ」
「そういえばそんな設定あったね」
呑気にこぼす天道の後頭部を、晶穂は遠慮なく石突で小突いた。児童虐待だ、などと天道が言う。だが、相手が本物の『天道法師』であれば、その正体は1400歳を超える老人である。ならばここは老人虐待とするのが正しい……いやいずれにせよ宜しくは無いのだけれど。
「嵩姉を巻き込んだ詫び代、それと試験合格の祝い。最低でもこの二つ分の情報くらいは要求してもバチは当たらねえと思わねえか?」
「うーん強引だ。それで、何が知りたいの?」
実に素直だ。晶穂は思わず舌打ちをした。
「その余裕綽々な態度、滅茶苦茶ムカつくぜ。こちとら今にもぶっ倒れそうだってのによ」
「泰然自若と言って欲しいな。それと、多分キミが今日ぶっ倒れることは無いと思うよ。常世遺物を手に入れた者は耐久力と自己治癒力が大幅に向上する。実際、今もキミはこうして僕を捕まえたり出来てるわけだしね」
ちなみに、と天道は試すように言った。どうしてそんな影響がもたらされるか分かるかい、と。
「……混ざるから、か? いや呑み込まれる……のか?」
「両方正解だけど、キミに限って言えば前者の表現が妥当かな。この世の理に縛られないエネルギー源を手に入れた肉体が、欠乏した生命力をそのエネルギーによって補填するわけだ。ただし、誤解しちゃいけない。そうやって都合良く遺物を扱えるのは、キミが過去の体験によって半ば死者となっていることに起因している。仮に普通の人間がその杖を扱ったなら、あっという間に遺物に宿る情念に呑み込まれてしまうだろう」
すらすらと天道は説明を続ける。恐らく、こうして晶穂が捕まえにくることも説明を求めることも、彼は予想していたのだろう。何もかもが掌の上という訳だ。
「いま言った通り、常世遺物にはそれぞれの特性とも言うべき情念が宿っている。例えば、僕の『賽之石』は憐憫の情念の塊みたいなものでね。せめて苦しまないように――とでも考えているのか、戦いの際は相手を一撃で葬れるようにエネルギーを解放する。要は手加減させてくれない。
そしてキミの持つ『天狗の錫杖』は……そうだな。厭悪、かな。恐らくは、目の前にあるものを全て憎んでいる。僕がそれを使ったら、きっと手加減なんてさせてくれないだろうね」
「結局同じじゃねーか」
「結論はそうだ。だけどプロセスが違う。これは大事なことだよ、雷瑚晶穂。僕が言いたいのはつまり――」
「『他人に錫杖を触らせるな』か?」
「正解」
そう告げられたのと同時だった。不意に、足の下の感触が消えた。
姿勢を崩しそうになって、しかしすぐに錫杖で体を支える。
「では、これにて『常世遺物の扱い方』基礎講座は終わり。応用講座はまたいつか、機を見てね」
粉塵が落ち着き始めた古い広場、晶穂の前方数メートルのところで、天道が何食わぬ顔で立っていた。つい今の瞬間まで、晶穂に足蹴にされていた筈だというのにだ。
「試験合格祝いにはこれくらいが丁度いいだろう。キミは『卜部嵩を巻き込んだ詫び代を払え』と言ったけど、それは驕りだよ。彼女はキミの試験に必要不可欠なパーツだった。揃えたことに感謝こそされど、詫びろというのはお門違いさ」
「光」
「というわけで……えっ、なに?」
「特異能力だ。光を操るんだろ、あんた」





