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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
リメイク
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リメイク - 第15話

「悪い、(かさね)姉」


 晶穂(しょうほ)は自らにくっついていた(かさね)を、その体を、自身のすぐ後ろに座らせた。そして、一つだけリクエストをする。(かさね)は。


「ええ~?」


 不満げに頬を膨らませた。


「そんなん、うち全然釈然とせえへんねんけど! あんた、今かてウチがハグしてなかったらまともに動けてへんのやで? ほんまやったら訴訟もんやこんなん!」


「だけどさ、(かさね)姉。アイツの言う通り、これはあたしの試練なんだ。


 (かさね)姉にはホントに感謝してる。けど多分、これは今日この時でなくったって、いつかどこかでぶち当たる筈の壁だったんだと思う。だから、この先はあたし自身でやり遂げなきゃ意味が無え」


「でもしょーちゃん。ハッキリ言うけど、あんたナメられてんでコレ」


 ……否定は出来ない。この場での出来事は、何もかも天道のお膳立ての結果なのだから。それは即ち、これだけの世話を焼かねば晶穂(しょうほ)は試練を突破できない、と考えられているということだ。その判断を妥当と見るか、甘いとみるかは人によるだろう。


 いずれにせよ。


「そうだとしても」


 戦うべきであることは、変わらない。


「あたしは強くなりたい。陰で笑われててもいいさ。強くなれるなら」




 ――それがあの、雨の日に誓ったことだから。




「もー……どいつもこいつも! どいつもこいつもや!!」


「荒れてるねぇ。で、そっちの準備はいいかい?」


 バタバタと両手で大地を叩く(かさね)に笑いながら、前方の天道はじっとこちらを見つめている。その眼差しは、その柔らかな表情は先ほどまでと何ら変わりがない。いや……正確には。


 いつの間にか天道の体躯、その前面に、彼の体躯を超える程に巨大な弓が出来上がっていた。正確に言えば、土橋に突き刺さっていた、とするのが妥当だろう。目を凝らすと、どうやらその弓は大小さまざまな石を接着して形作られているらしい。そして光り輝く弦には、先ほど彼の左手に現出していた石ころが、矢の代わりに(つが)われている。


「紹介するよ。常世遺物(とこよのいぶつ)(さい)之石』――ただの石だって侮っちゃいけない。ダビデは石で巨人を殺したんだ。


 だけど、これだけ大きな弓だ。一発放つと僕には大きな隙が出来るだろうね。それと合格判定は変わらず『僕に有効打を与える』ことだということはお忘れなく、さ」


「ホラも~、ナメられるやん完全に~! 腹立つわぁ~アイツ~!!」


「いいのさ(かさね)姉。実際のところあたしは弱い。それに、小さく見られた方が都合もいいしな。何せ」


 晶穂(しょうほ)は小さく笑い、両手で錫杖(しゃくじょう)を握ったまま前へ突き出した。丁度、自らの前面に杖部を押し出すように。


 そして。


「巨人だとダビデに殺されちまう」


「巨人じゃなくても――」


 次の瞬間だった。


「――僕は殺せるよ」


 晶穂(しょうほ)の眼前は光に満ちた。


 何が起きたのかを理解できたのは、全身に燃え盛るような熱を感じてから。両足で踏ん張ったのは無意識による防衛反応であり、それが無ければ彼女は抗うことも出来ずに吹き飛び、胴に穴を開けられていただろう。それほどまでに、あまりにも突然に、天道の『賽之石』は一瞬で晶穂(しょうほ)の懐に飛び込んでいた。


 幸運だったのは、『賽之石』が構えていた錫杖(しゃくじょう)に真正面からぶち当たってくれたことだ。もしかするとそれは天道の温情だったのかも知れない。だが――果たしてどれだけの人間が、そこに優しさを見いだせたことだろう。


 錫杖(しゃくじょう)を握る晶穂(しょうほ)の両手の皮は衝撃波と熱により一瞬でヒビ割れたように破れ、全身を打ち砕くような爆風が両腕を内側から砕こうとする。灼熱をもたらす圧倒的な光の渦のせいで目を開けるのも困難だ。だが微かに開いた視界の中で、轟音と全てを白く染め上げる光の中で、自らの握る錫杖(しゃくじょう)の影だけが彼女の意識を現世に繋ぎとめた。受け止めた『賽之石』の衝撃は尚も晶穂(しょうほ)の体を侵食し、両腕や踏ん張った両足からみしみしと骨の軋む音がする。足元の大地が凹み、周囲の土くれが光の中で宙へと浮き上がっていく。




 ――何してる、しっかりしろ!




 晶穂(しょうほ)は胸の内で自らに檄を飛ばした。声を出す余裕など無い。歯を食い縛り、全身全霊を込め、痛みなど捨てて『賽之石』を、その向こうに居る筈の天道を(にら)みつける。




 ――考えることをやめるな!




 地獄のような灼熱と衝撃は、ともすれば晶穂(しょうほ)の意識を、思考を奪おうとする。彼女はそれを懸命に掴み続けた。つい先ほどは思考を捨てようとしていたというのに、今はそれと真逆のことをしている。だが、それを愚かしく感じる余裕すら無い。




 ――考えることにしがみつけ!!




『ここでは、とある特殊なルールを適用する』




 ――今の自分を!!




『そう遠くない未来、世は――』




 ――否定しろ!!!




 【偽物と思われる程に強くなる】。


 この場の『特殊なルール』とやらを、晶穂(しょうほ)はそう解釈した。ヒントは随所に散りばめられていたし、明言こそされていないものの、天道の言動は彼女の結論を肯定していたと断じていい。


 第一ステージ。天道は磐鷲(ばんしゅう)の姿を借りて晶穂(しょうほ)の前に現れた。幾つかの疑問こそ抱けど、晶穂(しょうほ)は彼を【本物】と疑わなかった。故に、ただ錫杖(しゃくじょう)を振るうだけで有効打を与えられた。


 第二ステージ。天道は雨月の姿に変化した。晶穂(しょうほ)はそれを【偽物】と確信し、故に相手の攻撃は一つ一つが致命的な一撃と化した。突破する方法は二つ。第一ステージと同じく【本物】や【偽者】という考え自体を頭から捨てるか、或いは相手を【本物】として認識するか。だが、眼前の事実と真逆の認識を許容するなど、おいそれと行えるものでは無い。それを可能とする認識術が『二重思考』であり、晶穂(しょうほ)土壇場(どたんば)でその領域に到達した。


 第三ステージ。天道は見知らぬ少年の姿となった。最早その姿を偽りと捉える必要は無い。故にいま、晶穂(しょうほ)が為すべきことは唯一つ。


 自身を偽りと見做(みな)すこと。疑いようの無い自我を否定し、偽物と断じること。それはまさしく、本来両立し得ない真と偽を己の中に両立することに他ならない。論理上最も困難である自分自身に対して二重思考を行うのだ。


 天道は言った。『特殊なルールを適用する』のは『この場』であると。つまり彼の術法による強化は、天道のみに影響するものではないのだ。


 応用すること。それこそが。


「天道ッ!!」


 この第三ステージを突破する、最後の鍵となる。


「覚悟は出来てるな!!? ここからはお前も無事じゃ済まねえぞ!!!」


 両腕が赤く(きら)めいた。正面の閃光によって彩られた深く黒い錫杖(しゃくじょう)に赤雷が(ほとばし)り、爆風の中で雷轟(らいごう)を産む。それは晶穂(しょうほ)の全身を、(しび)れるような焼けるような感覚と共に腕の先から頭頂部と足の爪先まで走り抜けた。


 かつて感じたことの無い強大で膨大な力の渦が錫杖(しゃくじょう)から己へと流れ込んでくる。その赫灼(かくしゃく)のエネルギーは晶穂(しょうほ)が踏みしめた大地を砕き、沈み込ませた。砕いた泥土は無数の砂礫(されき)と化して空へと吸い込まれていく。目を開けることすら困難だった数秒前の己は消えた。今なら――。


「――この場に至って覚悟を問うの?」


 声がした。晶穂(しょうほ)は目を疑った。光の嵐の向こう、『賽之石』のすぐ後ろで。


「今更だねぇ」


 天道が、()()ぎの石で出来た大弓を構えている。




『これだけ大きな弓だ。一発放つと僕には大きな隙が出来るだろうね』




「この嘘吐(うそつ)き野郎」


 笑い声がした。同時に正面からの圧力が、襲い掛かる熱量が倍化した。天道がゼロ距離で再度『賽之石』を射出したのだ。『賽之石』とは投擲(とうてき)される石の塊を指すものでは無く、恐らくはあの大弓を構成しているものも含めた無数の石をまとめて指すと捉えるべきなのだろう。しかし、そんなことをこの場で悟っても何の役にも立たない。晶穂(しょうほ)の体躯は二撃目によって更なる灼熱に包まれ、踏み込んでいた両足は後方に滑り、衝撃をまともに受けた右腕が嫌な音を立てて錫杖(しゃくじょう)から跳ね飛んだ。姿勢が崩れ、光の波は容赦なく晶穂(しょうほ)を押し流そうと――。


「しょーちゃん」


 ――(かさね)の声が、背後から優しく響いた。


「頑張り」




『――うちの妹分がこんなボッコボコにされたんやで? 達磨にしてやらな気ィ済まんわ』


『悪い、(かさね)姉』




「――確かに、今更だったな」


 錫杖(しゃくじょう)から跳ね飛んだ右腕から、雷轟と共に赤い輝きが迸る。晶穂(しょうほ)は笑った。笑い、もう一度真正面の光の渦を強く見据えた。そう、天道の術法は『場』に施されている。ならば可能なはずだ。天道との本来の実力差がどれ程であろうと。


 晶穂(しょうほ)の背中には、今。




『加勢するなら、二重思考であたしを【偽者】だって考えてくれねえか?』


『ええ~? そんなん、うち全然釈然とせえへんねんけど!』


『だけどさ、(かさね)姉。アイツの言う通り、これはあたしの試練なんだ――』




 自分を守ってくれる仲間が――そして同時に、自分が守ると誓いたい仲間が居るのだから。


「それじゃあ御託(ごたく)は終わりだ」


 晶穂(しょうほ)は右腕に赤雷を宿した。そして、錫杖(しゃくじょう)を持ったまま――辛うじて前方へかざしたままの左手の、その甲へ。


「ぶっ潰れろ」


 右の掌底を、全力を持って叩きつけた。


 刹那。


 幾重もの枝葉を持つ赤雷が咆哮と共に前方を――白く強大に広がる光の渦を、布切れのように斬り裂いた。




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