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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
リメイク
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リメイク - 第11話

   ●




「――あんた、誰なんだ?」


 目が覚めた時、彼女はそう尋ねていた。体は、朱塗りの橋の上。叩きつけられ、盛大にバウンドした上にごろごろと転がったせいで、全身のどこもかしこもが痛い。左手に至っては指の幾つかの爪が半分剥がれている。これじゃ(しばら)くまともにゲームも出来ねえな、などと胸中で呟きつつ、そんな中でも右手に杖を――天狗の錫杖(しゃくじょう)を掴んだままの自分を、彼女は密かに、(かす)かに、誇らしく思った。


 意識が飛んでいたのは、ほんの(わず)かな時間だった筈だ。せいぜい数秒――いやコンマ以下かも知れない。だが、例えどれだけ短い時間であっても、先ほど見た夢は。


 あの日の記憶は。


 彼女に気力をもたらすに十分だった。


「誰、って。寂しいこと言うのね、雷瑚(らいこ)先生。私はあなたの幼馴染で――」


「死にかけの人間の前でする『ごっこ遊び』は楽しいか? なら言い方を変える。


 あんた、何者だ? 何が目的で、あたしにこんな試練を与える?」


 磐鷲(ばんしゅう)は『試練の手伝いを買って出た馬鹿が一人』と言った。言葉尻から察するに、磐鷲(ばんしゅう)が手配していた人物は、磐鷲(ばんしゅう)晶穂(しょうほ)の双方にとって親しい人物だったと考えるべきだろう。そして、その人物は『一人』だという。


 あり得ない。晶穂(しょうほ)は胸中で断じる。


 他者の姿に変化し、空間を別の場所に何度も上書きし、常世遺物(とこよのいぶつ)の攻撃を軽々と受け止める。それらを唯一人で実現するなど、現実離れも(はなは)だしい。少なくとも、そんな人間と知り合いになった覚えは晶穂(しょうほ)には無い。


 ……いや。正確に言えば。




『――ヴードゥーはアニミズムを根底にした教え。わたしは、大気中に無数に存在する、小さな精霊たちの力を借りることが出来ます』




 一人だけ。使えたかも知れない――そう思わせるだけの力を持っていた人物が、一人だけ居る。


 だが――彼女はもう、この世に存在しないのだ。


「恐らくあんたは、ボスが手配した『誰か』の代わりにここに立ってる。『誰か』の代わりに、あたしに試練を与えている。それが分からん。そんなことをして、あんたに何の得がある?」


 何者なんだあんた、と晶穂(しょうほ)は再度尋ねる。


 相手は。


「それを知って」


 静かに、(さと)すように言った。


「何か変わるの? あなたの使命はこの試練をクリアすること。出来なければ自死が待っている。そういう契約をしたでしょう?」


「変わらねえな。あんたの言葉は正しい。知ったところであたしのすべきことに変わりはない」


「なら」


「だが」


 晶穂(しょうほ)はゆっくりと立ち上がった。


「一応、礼は言っておきたくてな。ありがとよ、どこかの誰かさん」


 杖を支えにして、震える足に何とか力を入れていく。


 恐らく。


 次の一撃が最後だ。


 晶穂(しょうほ)は悟っていた。自身の肉体が物理的な限界を迎えていること。たった数回の打撃で彼女の臓器の幾つかは不全の状態に陥っており、全身の至る所で骨にヒビが入っていること。こうして立ち上がれること自体が自分でも驚きだ。


 一方で、頭の中は澄み切っている。彼女はうっすらと見抜きつつあった。この空間に適用されているという特殊なルールの正体。もし、その推測が正しければ。


「目的が何だろうと、あんたがわざわざこんな寂れた場所に来て、手間暇かけてあたしに修行をつけてくれてるのは確かだ。やり方が押し売りに近いとはいえ、な」


「これを善意と捉えるのね、あなた。お人好しって言われない?」


「たまに。……さて」


 それじゃあそろそろ行くか――そう呟いて、晶穂(しょうほ)は深く息を吐いた。


 杖を橋の上から離し、ゆっくりと構える。と言っても、晶穂(しょうほ)に棒術の心得は無い。故に狙いは一つ。この空間で唯一、相手に有効打を与えることの出来た、渾身の横薙ぎ。その一撃を繰り出すために、錫杖(しゃくじょう)頭近くを右手で握り、左手を添えた。




 ――そう言やぁ、よくこれまですっぽ抜けなかったな。




 ふと、そんなことを思った。今日初めて見た時と変わらず、この錫杖(しゃくじょう)からは何ら匂いを感じない。重量も、触感もだ。握ってはいるが、どうにも現実感が無い。にもかかわらず、何故こうして握れているのだろう。振り切っても飛んでいかず、掌に収まったままなのは何故だろう。




 ――まぁいいか。




「もしかして捨て身で来るつもり?」


 前方で相手が言った。恐らくこちらの負傷具合と所作から判断したのだろう。いつの間にか雨月の姿をした『誰か』は手すりから橋の上に降り立っており、その体躯は丁度、晶穂(しょうほ)の真っ直ぐ正面にある。


「だとしたら、実に愚か。このステージで、あなたの攻撃が私に届いたことがある?」


「あたしゃ諦めが悪くてな。それに安心しろよ。前と同じことを繰り返すつもりはねえ。っつうより、もう何も考えねえ」


 射していた月光が、(かげ)った。橋の上を闇が染め上げ――その中で正面の『誰か』は小さく笑う。そして呟く。成程、と。


「伊達にこれまで生き延びてはいない。考え方自体は面白いよ。解の一つでもある。……だけど、本質的な答えとは言い難いね。


 ねえ、雷瑚(らいこ)先生。さっき伝えたよね。『二重思考』――あなたに致命的に欠けているスキルのことを。それはどうするつもり?」


 闇は完全に晶穂(しょうほ)を包み込んでいた。最早、正面の声の主の相貌(そうぼう)すら曖昧だ。足元からは猛烈な冷気が()い上がってきていて、動かなければそのまま凍りついてしまうかのような、そんな錯覚に(おちい)りそうになる。


生憎(あいにく)だが」


 白い息と共に、晶穂(しょうほ)は応える。


「自分の命は自分に賭ける。絵空事と現実を混同するほどガキでもねえしな」


「絵も空も現実のものだよ、雷瑚(らいこ)晶穂(しょうほ)。そこに至れない限り、永遠にお前は――」




 ――お前は弱い、と磐鷲(ばんしゅう)は言った。




 最初に言われたのがいつのことだったか、それはもう思い出せない。それ程までに何度も磐鷲(ばんしゅう)晶穂(しょうほ)に告げた。お前は弱い。だから思考を放棄するな。相手の裏をかけ。相手の弱点を見定めろ。知識を身に着け、分析し、自らを補え。何度も何度も何度も何度も、磐鷲(ばんしゅう)晶穂(しょうほ)に言い続けた。


 理由は言われずとも分かっている。彼は晶穂(しょうほ)を死なせない為に――万が一にも油断などしないように――延々と繰り返していた。それは彼なりの優しさだったのだ。親心のようなものでもあったのかも知れない。


 だが。


 晶穂(しょうほ)は自問する。


 雨月に大怪我を負わせ、涼が死に物狂いで倒したウェンディゴ。果たして、自分一人で彼女は倒せたか?


 雨月や涼、磐鷲(ばんしゅう)に近しい力の敵対者が現れた時、今の自分でそれらを跳ね除けられるか?


 もし自らの背中に守るべき者が居たとして――自分はそれらを守り通せるか?




『あなたたちは、私と坂田さんを守ってくれました。私もそうなりたいと思ったんです』




「――だから力が欲しいんだよ」


 吐き出すように、彼女は呟いていた。正面の朧気(おぼろげ)な誰かに。そして。


「力が欲しい。力の無い誰かを、近しい誰かを、目の前の誰かを守れる力が。誰が現れようが、何もかもを守り通せる力が!!」




『――欲しいんです』




 大雨の中の彼女もまた、呟くように言った。


「だから捨て身か」


 暗闇の中の誰かが言う。大雨のように冷たく。


「最後の忠告だ。キミは捨てるものを履き違えている。それでも来るというのなら」


 覚悟は出来ているか? と相手は言った。


「出来てるさ。もうずっと昔から」


「そうか。なら」


 往生しろ――そう告げられた瞬間。刹那。


 彼女は駆け出した。雄叫びと共に。


 全ての力を、渾身の力を右腕に込めた。月光が差し込み、暗闇から再び相手の姿が現れる。関係なかった。彼女は何も考えず、ただただ無心で前方を錫杖(しゃくじょう)で振り抜く。


 無心。それが彼女の見つけた唯一の解だった。


 故に。


 月光に身を(さら)した相手の姿が――。


「あっ、しょーちゃん」


 にこやかに笑う先輩・卜部(うらべ)(かさね)へと変化していることを認識した瞬間。






 晶穂(しょうほ)は、敗北を悟った。



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