リメイク - 第7話
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「おめでとう! 素晴らしい一撃だったわ、雷瑚先生」
……後方から、聞き覚えのある声がした。呆けたまま左手の杖を――それは先程までの巨大さが嘘のように、170cm程の古ぼけた錫杖へと変貌している――見つめていた晶穂は、目を瞬かせ……やがて。
弾けるように後方を振り返った。
「だけど、試練はここからが本番。生きるか死ぬか……それはこの第二ステージで決まると言っても過言ではない」
「……うーちゃん?」
目眩がした。声の主は丸太橋の向こう――つまり先ほど晶穂が飛び出した崖の中央で、にこやかに笑っている。サイド三つ編みの長い黒髪、茶色フレームの眼鏡、白衣と白シャツと黒スカート……見間違えではない。
坂田雨月。
晶穂の同僚であり、バディであり、親友であり、幼馴染みである彼女が、いつの間にかこの試練の場に立っている。
「どう――」
――いうことだよ、と言おうとした。が、途中で言葉は飲み込まれ――そして。
「誰だ」
困惑は敵意に変わり、晶穂の声色を鋭くした。
確信があった。
「誰って」
「お前はうーちゃんじゃねえ。あたしには分かる」
「分かる? どうして?」
雨月の姿をした何者かが微笑む。これまで幾度となく見た微笑みだ。彼女がまだ子供だった頃から、何度となく見てきた微笑み。晶穂が密かに憧れる、優しい微笑み。
だが、違う。
「うーちゃんとあたしは人生の半分近くを一緒に過ごしてきた。どれだけ精巧な外面してようが誤魔化されねえんだよ。それと」
「それと?」
「お前が掛けてる眼鏡。それ、この前の戦いで壊れて、今は修理中だ」
ここにあるわけがねえ、と晶穂は言った。
途端だった。
周囲の光景が一変した。
眼前の丸太橋は橋げたから手すり、親柱から擬宝珠に至るまで全てが朱塗りの美しい橋梁に。立っていた崖は橋台へと挿げ替わり、虚しさを感じる風の音は消え、橋の下には空に現れた満月を映し出す海面が広がっている。海面、とすぐに考え付いたのは、波の音が響き始めたからだ。そして前方だけでなく、周囲のあらゆる方向に――左右・後方・斜め後方にまで――橋が現れ、夜の海へと体躯を伸ばしている。陸地は一切見えない。そのあまりの変貌ぶりに、晶穂は暫く言葉を失っていた。
だが。
――落ち着け。
狼狽を押し殺し、緩いアーチを描く眼前の橋の先、そこに佇む人影へと意識を集中させる。周囲が転じるのはこれで二度目だ。何度も目を奪われていては、それこそいつまで経っても二流のままだ。
幸いにも、相手は直ぐに仕掛けてくる気は無いらしい。こちらを見て「驚いてる?」などと笑っている。故に、晶穂は捨てていた幾つもの疑問を拾い上げ、組み上げた。眼前の事象。過去の出来事。それらを組み合わせると。
つまり。
「さっきのボスもお前が変身してた、ってわけか」
「その通り。恩師を殺したわけじゃなさそうで安心した? で」
そろそろいい? ――雨月の姿をした何者かが、にこやかに告げた。その言葉の意味するところは自明だ。
海面に映る月が、ぼんやりと揺れる。
直後。
二人はほぼ同時に、朱塗りの橋、その中央まで踏み込んでいた。
晶穂は錫杖を振り被る。一度振り抜いただけだが分かる。この錫杖は確かに危険だ。眼前のものを破壊するためだけに稼働する。そのためであれば自身の質量も相貌も変容することを厭わない。相手を滅する、それだけの為に此岸の理をまるで無視する。
それが、この常世遺物――天狗の錫杖の力なのだろう。
どんな武器も振るうだけなら誰でも出来る。しかし使いこなすとなると話は別だ。これだけの異常な武器である、下手をすれば己で己の首を断ち切りかねない。
だが、故にこそ。
強い。
晶穂は歯を食い縛り、錫杖を振り下ろした。両手で握り締めたそれは見る見るうちに質量を増し、晶穂の腕が千切れそうなほどの速度で相手へ――雨月の偽者を砕かんと向かっていく。
次の瞬間だった。
十数メートルにまで巨大化し、轟音と衝撃波を周囲にまき散らす錫杖頭を――雨月の偽者が涼しい顔で受け止めたのは。
「――は?」
「まさかこの程度で私に勝てると思った? お馬鹿さんね」
微笑みの直後。
晶穂は鳩尾に猛烈な衝撃を受け、橋台まで吹き飛んだ。





