リメイク - 第6話
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卜部嵩はイライラしていた。イライラしながらハンモックに寝そべり、周囲を取り囲むように高くそびえる針葉樹の隙間から空を見つめつつ、スナック菓子を口に放り込んでいた。
「お嬢様」
傍から、嵩を落ち着かせようとするかのような斧雅の声がした。嵩はガバリと上体を起こした。勢い込んで尋ねる。
「あ、マサ! しょーちゃん来た!?」
「残念ながら」
そう言われた時には既に、周囲を一通り見回した嵩は失望と共にハンモックへと寝転び直していた。そしてスナック菓子の袋へと片手を突っ込む。
もう中身は空だった。
「もー、マサぁ!!」
「コンソメと海苔塩と関西だし醤油、どちらになさいますか」
「だしじょうゆ!」
斧雅は静かに新たなスナック菓子を取り出した。既に彼が番をするためのテントも少し離れたところに設置が完了している。勢いよく嵩はスナック菓子の袋を開け放ち、ついでに不満も開け放った。
「何でこんなにしょーちゃん遅いん!? ホンマに来るんやんなぁ? ボスが拉致んの失敗したんちゃうやろか!」
「いえ、先ほど碓井様から連絡がございました。『晶穂を頼む』とのことで御座います」
「頼まれたいけど本人が来ーへんやんかぁ!! 迷ってるんちゃうやろか!? やっぱうちが迎えに行ったらな――」
「一本道ですし、お嬢様が出向く必要はないかと。御用命であれば私がお迎えに伺います」
「いやそれはあかんわ。マサが行ったら……ってこの遣り取りさっきやったやんかぁもう!!」
「仰る通りです。失礼致しました」
斧雅は深々と頭を下げた。ええんやでぇ! とヤケクソ気味に言い放って、嵩はハンモックに寝転がったまま、両足をバタバタさせる。ハンモックが大きく揺れることなど構わずに。
卜部嵩には休日と言う概念が無い。彼女の人生は由緒ある卜部家の長女として生誕した時点でその大筋が確定していた。即ち、平安時代以前より続く神社の巫女として修業を積み、代々伝わる祈祷の力を用いて国に奉仕する――それが彼女に定められた道筋だった。そして幸か不幸か、彼女にはそれを成し遂げるに余りある才能が天から与えられていた。天は彼女に二物以上を与え、彼女の人生を確固たるものと定めたのだ。
卜部家にとって問題があったとすれば、彼女の持つ力があまりに強大過ぎたことだ。仮に彼女がその生の全てを憎んだら、卜部家が1500年以上に渡って紡ぎ、強力にされてきた秘術の数々が、そのまま奉仕すべき家に、国に牙を剥く。その際に生まれる被害は災害のそれに等しい――冗談や過大解釈抜きでそう考えられている。故に、年に数回、彼女が発作のように起こす『我儘』には、大多数の人間が協力することになる。彼女の世話係衆が総力を挙げて彼女の希望を叶えようと奔走するのも、そういった裏事情が多少なりとも絡んでいると言っていい。しかし現実的に、何もかもが予定通りに進むわけでもなく。
「しょーちゃんまだかなぁ。早よ来てくれたらええのに……」
小さく呟かれた彼女の不満を聞いたなら、彼女を知る大多数の人間は右往左往していたことだろう。だが。
「お嬢様」
斧雅は静かに、不貞腐れている嵩の前に、ソーサーに乗った小さなカップを差し出した。カップからは温かな湯気と紅茶の香りが立ち上っている。
「まだまだ時間は御座います。まずは一服を」
「……はあい」
ありがとお――そう言って再び嵩は上体を起こし、スナック菓子を斧雅に渡しながら紅茶のカップを受け取った。口をつけると、程よい渋みが嵩の心を落ち着かせた。ダージリンのファーストフラッシュだろう。斧雅のことだから、ここにも複数種類を持ち込んでくれているに違いない。
温かな紅茶を静かに飲み込みつつ、改めて空を見上げる。
吐く息が白くなって消えていく。傍に焚き火を用意してもらっているし、彼女自身もマフラー・毛糸の帽子・耳当てと完全防寒を決め込んでいるので、そこまで寒さは感じない。しかし、もし晶穂がいつも通りの格好なら。
「……うち、やっぱもうちょいしたらしょーちゃん探しに行くわ」
呟くように言う嵩の傍で、斧雅は小さく「ご随意に」と返すのだった。





