リメイク - 第4話
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卜部嵩はワクワクしていた。ワクワクしながらハンモックに寝そべり、周囲を取り囲むように高くそびえる針葉樹の隙間から朝の空を見つめつつ、スナック菓子を口に放り込んでいた。
「お嬢様」
傍から、低く落ち着いた調子の男の声がした。楽器に喩えるならコントラバス。鮮烈な音色を奏で続ける金管楽器の隣で、深く広がる低音で演奏を支える要石。
「あ、マサ、出来たん?」
体を起こし、今居る小さな広場の端に設えられた、四人用の中型テントを見て、嵩は子供のように歓声を上げた。ハンモックから身軽に飛び降り、直ぐ側に立っていたマサ――幼少からの第一世話係・尾崎斧雅にスナック菓子を押し付け、彼女はテントに近づいていく。
「凄いやんマサ、テントみたいや~! 入ってみてええ!?」
「テントですお嬢様。どうぞお入りください」
言われた時には既に入り口のファスナーを開け、嵩は中に入り込んでいた。思っていたより中は狭い。ピンク色の天井は低く、更にタープを付けているためか思ったよりも暗い。但し、中には柔らかな毛布が敷き詰められていて――更に言えばテントの底にも二重にシートを敷き詰めるという斧雅の細やかな働きのお陰で――寝転がっても大地の硬さや冷たさは一切感じない。嵩はご満悦になってテントの入り口から顔を覗かせた。
「ここで直接寝るん? 三人くらいやったら寝れそうやね!」
「寝袋を用意して御座います。私は別にテントを立て、そちらで番をする予定となります」
「えー、めんどくさない? 別に一緒に寝てええのに」
斧雅は静かに首を振った。彼の身長は高く、恐らく190cmを超えている。その四角い顔には細い目と四角い鼻筋と四角く整えられた口髭がついていて、イースター島のモアイ像を彷彿とさせた。真っ白な短髪はモアイ像に乗った雪のようだ。
「そういや、しょーちゃんって何時頃来るんやっけ?」
「碓井様の予定ではそろそろかと。アクシデントが無ければ、丁度山登りを始めたあたりではないでしょうか」
「迎えに行った方がええかな!?」
「一本道ですし、お嬢様が出向く必要はないかと。御用命であれば私がお迎えに伺いますが」
「いやそれはあかんわ。マサが行ったらもうしょーちゃん分かってまうやん。『修行相手は嵩姉か~』って」
「仰る通りです。失礼致しました」
斧雅は深々と頭を下げた。ええんやで~、と気楽に言って、嵩はテントの中で寝転がったまま、足をパタパタと遊ばせる。
卜部嵩は碓井磐鷲の堺講に所属する除霊師の一人である。と言っても、普段は除霊師としてではなく、祈祷師として活動することの方が多かった。より正確に言えば――大怪我を負った講員や、全国各地から寄せられる治病祈祷の依頼によって、起きている時間の殆どは『祓う』活動ではなく『祈る』や『癒す』といった活動に割かれている。彼女がそれについて不平を述べることは殆ど無い。それが彼女の日常であり役目であり、大多数の人間に益があるということを、彼女は何も言われずとも理解していた。
故に。
そんな彼女が稀に『遊びたい』というと、斧雅を筆頭とした彼女の世話係衆は、全員が全力を挙げて彼女の希望を叶えるために動く。今回、こうして卜部家所有の山にてキャンプするに至ったのも、すべてはある日、数少ない娯楽の一つである漫画を読んだ嵩がポツリと呟いたことに端を発する。
「キャンプしてみたいなぁ」
気付いた時、嵩の前には、斧雅たちが創り上げた『ゆるゆるキャンプ! 山奥で一週間のんびりしながら雷瑚晶穂の修行に付き合いましょう~キャンプに飽きたら近くの別荘でのんびり出来ますとも』という計画書が置かれていた。タイトルが二時間サスペンス風味なのは斧雅の趣味に違いない。嵩は飛び跳ねて喜んだ。坂田雨月が参加出来ないことは残念だったが――碓井磐鷲と何度も交渉を重ねたが、「ただでさえ少ない講員が同時に三名も修行と言う名目で欠けるのは厳しい、只でさえつい最近まで晶穂と雨月は怪我で休んでいたのだから」とのことだった――妹分として可愛がっている晶穂を思う存分甘やかしつつ自分も好き勝手に出来るというプランは、ここ数年の中でも会心の企画であると言わざるを得ない。
そして、決行日。つまり現在。
「しょーちゃん来てくれたら何しよかなぁ。やっぱりまず焼きマシュマロかなぁ~」
テントの中でニコニコする嵩の傍で、斧雅は小さく「ご随意に」と返すのだった。





