リメイク - 第3話
「三つ。この試練をクリアできなかった場合。
雷瑚晶穂、お前はここで自害する」
「……何だって?」
「以上がこの試練の内容であり、同時に『契約』だ。俺はこの契約を持って、俺の言葉に嘘が無いことを保証する。代わりにお前は命を賭して試練をクリアしろ」
思わず聞き返した晶穂に、磐鷲はつらつらと言葉を並べた。どうやらこちらの動揺を受け取るつもりは無いようだ。そしてこちらを待つつもりも。
「決断しろ。そして合意しろ。お前も知っているだろう。『契約』は此岸における裏ルール。一度取り決めがなされたならば、破られることは決して無い。お前とて仮にも除霊師の端くれだ、この手の勝負に乗ったことも一度や二度ではあるまい?」
「ボス」
晶穂は杖を左手で持った。右手は、貼られた封印の一枚に。恐らく一枚でも破った途端、封印の均衡が崩れ、杖はその本来の姿を晶穂に示すだろう。
刺すように空気が冷たかった。こんなに寒かっただろうか? 先ほど国道沿いで磐鷲と話していた時と比べると、昼が夜に転じたかのような錯覚すらしてくる。
国道。
あそこで別れた磐鷲は――車で去っていったのではなかったか?
「グラサンの買い直しが嫌なら今のうちに外せよ。待ってやらないこともねえ」
「つまり?」
「ああ、契約してやろうじゃねえか。で、そのルール兼契約で――」
晶穂は封印の紙に指先を掛けた。そして。
「――そのだらしねえ腹と同じくらい顔面パンパンに腫れるまでぶん殴ってやらぁ!!!」
一息に破り捨てた。
直後。
周囲が一瞬で夜に転じた。
「なに」
思わず声を漏らし、晶穂は周囲に目を走らせる。錯覚ではない。朝靄に包まれていた朽ちた広場――間違いなく自分が立っていた筈のその場は、僅か一呼吸の間に、暗黒に浮かぶ切り立った崖へと変貌している。
激しい風の音が響いた。
「よくもまあ粗暴な言葉をすらすらと思いつく」
前方から磐鷲の声。見ると晶穂の正面十数メートル先で、相手は懐に手を突っ込んでいる。彼もまた闇の中にぽつんと取り残されたかのような切り立った崖の上に立っており、晶穂と磐鷲の間には手すりの無い古びた丸太橋が渡されていた。世界のすべてが闇に没し、残された僅かな二つの足場に橋が架かっている――逃げ場はなく、前に進むより他は無い。
そして、そんな光景に微塵の戸惑いも無く。
「だが、吠えるだけなら犬でも出来る。お前は――」
磐鷲は懐から武器を取り出し、晶穂へ向けた。
「――犬のまま終わるか?」
磐鷲の相棒――スミス&ウェッソン社製自動拳銃M&P、40口径。有効射程は約70m、弾丸の発射速度は時速1600km以上。磐鷲による魔改造と異能力により、彼のそれは市販のカタログスペックを遥かに凌駕する。故に、その銃口がピタリと晶穂の体躯へ向けられた瞬間。
晶穂は前方へと全力で駆けた。
銃口が煌めく。
構わず、深く深く――蛇が大地を這うかのように――彼女は姿勢を低くし、猛然と磐鷲へ突貫する。
銃声はしなかった。いや。聞こえなかったと表現するべきだろう。
至る所に張り付けた厄憑きの御守からエネルギーを抽出することにより、自身の肉体を無理やり動かす術法。晶穂の得意とするそれは、発動と同時に暗紫色の雷光と強烈な雷轟を発する。この術法の使用が、銃声を妨げた要因の一つであることは間違いない。
だが最大の要因は、晶穂が無意識に聴覚へのエネルギー供給を遮断していたことにある。それほどまでに晶穂は追い詰められていた。当然だ。除霊師であろうと、幾ら威勢の良い発破をかけようと、現実は変わらない。
殺意の籠められた銃弾の前では、誰しもが赤子に等しいのだ。
ズン、という重く鋭い衝撃が、晶穂を貫いた。





