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コードレス~対決除霊怪奇譚~  作者: DrawingWriting
マリオネット
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マリオネット - 第4話




 ――どうせ『不可能なのだ、私の正体を言い立てるなど』とでも考えているのだろう。




《では、二つ目……二つ目に行こうじゃあないか? なぁ、性格の悪いキミ?》


 正面、私と向かい合っている顔の崩れた人形のセリフを聞いて、私はため息をつきそうになった。こういった類の悪霊が考えることは、驚くほどにワンパターンだ。


 成程、『正体』――ほんとうのすがた、ほんとうのかたち――この言葉自体、どう言い換えても、拭いきれない曖昧さが残るものだ。おまけに、日常生活では全くと言っていい程に使わない。駆け引きに疎い者であれば、その言葉の真意を汲み取ろうと、あれこれ思考を巡らせることだろう。だが、それでは相手の思うつぼだ。恐らく、こちらが迷いや隙を見せた瞬間、相手は制限時間やら何やらと、自分にとって有利なルールを上乗せしてくる。何せ、ここは意識だけの世界なのだ。強く念じれば、元々存在しないものも現出させられる。同様に、相手より優位と確信出来たなら、それに見合った力の行使――追加ルールの強制も容易い。逆も然り。萎縮すればするほど、この世界での自分の権限は狭まっていくことだろう。


 まぁ――要するに、舐められたら負け、ということだ。


 詰まる所、除霊なんてものの本質は、チンピラ同士の喧嘩と然程変わらない。


「二つ目……二つ目ねぇ」


《おっ、難しいかい? 難解かい? そうだろうね、そうだろうさ、何せ私とキミの出会いはついさっき――》


「ついさっき、この勝負が始まる前にも、私、あなたのことを幾つか言い当ててたと思うんだけど。それで満足してもらえないかしら?


 同じことを繰り返すの、嫌いなの」


 人形は崩れていない方の顔面で、器用に眉をしかめて見せた。なにを言っているんだ、とでも言いたげだ。堪えきれず、私はため息をついた。


《言い当ててた? なにを言ってい――》


「ああはいはい、じゃあもう一度言ってあげましょうね。おバカさんの相手は大変だわ。


 あなたは私の意識、あるいは生命と呼ばれるものを、自らの領域に引きずり込み、この勝負を経て食らおうとしている。それで得られるのは、あなたがあなたとして存在するためのエネルギー。除霊師である私を『対決してでも』食らおうとしていることからして、あなた自身の残りエネルギーは少なく、またそれ故に問答無用で私を食らうことも出来なかった。この状況はあなたにとって決して望んだものではない。けれど、決して勝算が無いものでもない。それは、この戦いのルール――そうね、エステル記の逸話から『三つの謎掛け』とでも呼びましょうか――が、これまであなたが何度も繰り返してきた手慣れたものだから。内心、私が『契約』の話を持ち出してきたとき、喜んだでしょう? だって、『契約』があれば、私の能力にかかわらず、純粋に自分の得意なルールの上で戦えるんだものね」


 一息に言って、私は少し人形の反応を見た。相手はパクパクと口を開いては閉じて、どうも言葉を探しているらしい。


 私は畳みかけた。


「この内容じゃあご不満? なら、面倒だけどもう少し続けましょう。一つ目の回答として、私はあなたの製造年月日を伝えた。人生を一冊の本と見立てると、それは最初の一ページ目。だから二つ目として、私はあなたのこれまで――二ページ目から今この瞬間に至るまでを回答する。


 と言っても、あなたの半生を具に答えるつもりは無いわ。古来から、人形は人間の身代わりとして穢れを引き受ける役目を担っていた。大量生産される玩具と言えども、その性質は変わらない。あなたは年を経るごとにその身に穢れを溜めていき、やがて独立した意識を持つ存在となった。よくある話よ。だけどそれ故に、それはあなたと同じような呪物の成り立ちではある一方、『あなた自身』を示す情報としては弱い。だから私は、あなたが得意とする『三つの謎掛け』を基に、あなた特有の性質を回答する」


《性質?》


 人形がようやく言葉を発する。


《成程、性質と来たか。確かにそれも私の正体と言い換えて差し支えない。だけど――さっきから随分と自信たっぷりだが、それ、本当に口にしてもいいのかな? と言うのもねぇ、これも何度も言っていることだけれども、キミと私が出会ったのはついさっき、本当についさっきだ。そんな短時間で他者の正体なんて暴けるものかなぁ? 私は大いに疑問だね。それから、そう、もしだよ、もしキミのその自信満々な回答とやらが不正解だったなら――》


「あー、意味の無い横槍はやめてくれるかしら。ここに時間を掛ける価値なんて無いでしょう? さっさと終わらせたいのよね、明日も仕事だし」


 揺さぶりと、ルールの上乗せ。これもこういった手合いの常套手段だ。私は早口になって言った。


「あなたのサイクルは次の順番で成り立つ。その一、蜘蛛のように対象を待つ。ゴミ捨て場か古市か中古ショップか――手段は問わないけれど、とにかく、人の目に触れやすいところに入り込むんでしょう。私が見つけたあのごみ捨て場でだって、目立つ位置に陣取っていたしね。


 その二、自分を手にした者の意識を捉える。今の私と同じように、こうして自分の領域に獲物を引っ張り込んでお話するんでしょう? そして、そのよく回る口から察するに、よっぽどの飢餓状態にない限り、あなたはこの『三つの謎掛け』で獲物と遊ぶ。罠にかかるのは大半が素人でしょうし、勝利は容易いでしょう。ただ――あなたがこのフェイズで本当に求めているものは、謎掛け勝負における勝利ではない」


 そこまで告げた時。


 前方の人形から、す、と、表情が消えた。


「重要なのは、こうして対面することで、獲物をじっくりと観察すること。どんな話し方か。どんな癖があるのか。苛立った時、悲観した時、恐怖した時の表情は。そうした情報を得るためのフェイズがこの『三つの謎掛け』であり、次のフェイズを迎える上で肝要となる」


《根拠は?》


「私がゴミ捨て場で拾った人形の体躯。あなたは冒頭、『キミの体は私が貰う』と告げた。契約として成立した以上、この決定は覆らない。つまり、勝負に勝った時、あなたは私の体を『引き受けなければならなくなった』わけよね。でも、ならば元々の体はどうするのかしら? 私の体があるのならば、壊れかけの玩具の体躯なんてもう不要よね? 捨てる? あのゴミ捨て場に置いておいたように。


 いいえ、違う。あなたが何度もこの勝負を他者に持ちかけて生き延びてきたことは、これまでの自信たっぷりの仕草から明らか。つまり、他者の体を手に入れた後であっても、人形の体躯はあなたにとって必要不可欠なものなんだわ。


 言い方を変えましょう。他者の肉体を奪う力があろうと、あなたの本体はあくまでも人形の体躯である。故に、その三――『三つの謎掛け』を経て他者の肉体を得た後、あなたは謎掛けの経緯で得た情報を基に、他者に成り代わって生活する。但し、それはあくまでも限られた期間だけ。その期間に何をするかは知らないわ。悪霊らしく周囲の人物に悪意を振り撒くのかもしれないし、或いは人間の生活を満喫するのかもしれない。いずれにせよ、人間が社会的動物である以上、乗っ取った人物の癖や仕草を把握しておくことは、この第三のフェイズをどれだけ保てるか、という点に直結する」


 体を奪うなら大事なことだわ、と結んで、私は一旦言葉を止めた。人形の表情は――先ほどから無のままだ。こうしていると、真っ暗な中に等身大の人形が佇んでいるだけのように見えて、その様は、閉鎖されたショッピングモールに置き去りにされた、哀れなマネキン人形を彷彿とさせる。


「その四。これが最後」


 率直に言って――ここまでの話がどれだけ真実を指し示しているのか、私にとってはどうでも良かった。何故なら、確信しているからだ。


 相手にとっても、こんな話はどうだっていいものなのだと。


「このフェイズで、あなたは人の目につく場所に人形の体躯を置き、その中へ戻る。これでサイクルは完成。あなたは最初のフェイズに戻って、次の獲物を待つ。人形を運んだ肉体の方は……あなたも知らないでしょうね。あなたに奪われている間に、殆どの生命力は奪われて、残りカスくらいしか残っていないでしょうから、勝手にどこかで野垂れ死ぬでしょう。その場で倒れて死ぬのかもしれないけど、肉体って、それを操る意識を喪失しても、何だかんだ動こうとするものだから。切り落としたトカゲの尻尾だって、暫くは動き続けるものだしね?」


 この場合、切れた時の刺激で動くものを引き合いに出すのは少しズレている気もするが、まぁいいだろう。どうせもう、相手も半分以上は聞いていない。


 と。


 思っていたのだが。


《素晴らしい》


 不意に、表情を無くしたままの人形は、パチパチと拍手を始めた。困惑――を顔には出さず、相手の出方を窺っていると、人形は深く溜息をつき、もう一度言った。素晴らしい。


《只者では無いと思っていたが、ここまでピタリと言い当てるとは。その洞察力、シャーロック・ホームズにも比肩するのでは?》


「あら、賛辞のお言葉ありがとう。だけど、敢えて言わせてもらうわ。見込み違いよ」


《そうかな? 確かに、多少の論理の飛躍はあるかも知れない。だが、それは君の経験で補った上で発言したんだろう?


 君の言う通り、これでも私はこの空間での対決――『三つの謎掛け』というその名前、有難く頂戴するよ――を何百回と繰り返してきた。これまでに戦ってきた相手の中には、勿論除霊師も居たさ。だが、ここまでハッキリ、ピタリと私のことを言い当てた者は居なかったよ。誇ってくれていい。君は聡明で、かつ美しい。……だから、君に敬意を表し――私も真実を語ろう。君の答えてくれた二つの『回答』だが――》


 そこで、人形は大きく息を吸い込んだ。そして、崩れそうな右手を顔の近くに持っていき――パチンと指を鳴らす。


《どちらもハズレだ》


 ――その直後。


 私の両腕は真っ黒な靄に囚われ、消えた。

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